つぼみたちの輝き Story.16

「真夏の朝の夢」


澄沢 百合(すみさわ ゆり)
13歳 桜ヶ丘中学校2年1組
身長:145cm 体重:39kg 3サイズ:75-49-73

淡倉 美典(あわくら みのり)
14歳 桜ヶ丘中学校3年4組
身長:152cm 体重:48kg 3サイズ:83-53-85



「よいしょ……っと」
 銀色に光る調理台の上に、大きな音を立てていくつもの袋が置かれる。
 それを運んできたのは、小柄な制服姿の少女。少し乱れた短めの髪、その前髪の下には、汗のしずくがいくつも浮かんでいる。
 疲労の色も薄くないように見えるが、表情には充実感にあふれた笑みが浮かんでいる。

(練習、もう始まってるかな……?)
 そう時間を気にしている彼女は、桜ヶ丘中学校野球部の女子マネージャー、澄沢百合。
 持ってきた袋の中身は、今日土曜日から行われる大会直前合宿の夕食の材料である。放課になると同時に、メモを片手に商店街まで炎天下の中を走り、坂道を汗を一杯にかきながら登ってきたのだった。

(ここで美味しいお料理を作って……先輩に喜んでもらうんだっ!)
 百合が立っている場所は、桜ヶ丘中学校の合宿施設「梢葉館」。この学校がまだ「桜ヶ丘高等女学校」だった時代の学生寮であり、幾度かの改装を経ているが内外に当時の雰囲気を残した建物である。
 その1階にある調理場。食堂の奥にあるそれは、大きな冷蔵庫やガス炊飯器などを備えた立派なものであった。一部手入れ不足か埃が積もっている部分もあるが、まず百合はその大きさに感動を覚えていた。

(絶対、美味しく作らなくっちゃ……!!)
 ぐっと拳を握る。
 「先輩」に喜んでもらえるような美味しい料理を作る。
 百合の思いは、その一点だけに注がれていた。



「せんぱーい! 買い出し終わりましたーっ!!」
 百合の元気な声が校庭に響く。
 土曜日の午後、真夏の炎天下ではあるが、校庭一面は野球部の貸し切り。部員達は文字通り汗だくになって練習に励んでいた。
「おう、お疲れ」
 隆の声。ランニングを終えて、軽く投球練習をこなした後だった。
「先輩こそ、お疲れ様です」
「おいおい、練習はこれからだって。……で、今日の夕飯は何だ?」
「え、あ、えっと……」
 百合は少し言葉に詰まった。今日の献立を自由に考えていい、という許可は得たものの、あまり変わったものを作るだけの技量はない。美典にも相談したが、結局、定番のものを選ぶことになってしまった。
「か、カレーです……そのっ、珍しくないかもしれないですけど、がんばって美味しく……」
 半ば言い訳のように説明する百合。だが、その言葉は隆の声で遮られた。
「カレーか!!」
「えっ…………」
 驚いて顔を上げると、隆の歓喜の表情。
「あ……わ、悪い。久しぶりだからつい」
 首筋を掻いて照れ笑いを浮かべる。
「え……先輩って、お家ではカレーとか食べないんですか……?」
「いや………………俺は好きなんだが……」
 口ごもる隆。
「……ちょっと、な」
 言葉を濁す。普段あまり見られることのない姿だが、口ごもるのももっとも。説明しずらい理由があるのだった。


 その理由を知るには、隆の口から聞くより、理由そのものを見てもらった方が早いだろう。
 同じ日同じ時刻の早坂家……そのトイレの中。

「うん…………んぅっ!!」
  ビチビチビチビチビチッ!!
  ブリビチャッ!! ブリリリリリブビッ!!
  ビチチチチチブリビィィィィィッ!! ブビビビビビッ!!
  ビチャビチャビチャビチャビチャァァァァァァーーーーーッ!!

 小さな肛門が一杯に開き、茶色の汚物が便器の中に注ぎ込まれる。
 ひかりの下痢便。
 合宿で隆が不在なのにもかかわらず、いつもと同じ分量で昼食を作ってしまったひかりは、残すのももったいないと、おなかが一杯になるまで料理を口にした。――もっとも、それでも食べきることはできなかったが。
 そして案の定、彼女の脆弱な胃腸は普段より多く運び込まれた食物を消化しきれず、内容物を駆け下らせる下痢という反応を引き起こしたのである。
 消化不良による下痢であるから、当然その下痢便の中には未消化物が多量に含まれている。朝食べた野菜サラダのニンジンの赤色、ピーマンの緑色などが、その形を失いかけながらも鮮やかな色を茶色の液状便の中に浮かべていた。

(うぅ………)
 便の具合を見ようとして、そのおぞましさに一瞬で目をそむける。
 白い陶器に注ぎかけられた赤や緑の小片混じりの茶色の液体。それはさながら皿に盛られたカレーのルウのようであった。もっともそこから立ち上るにおいは、香辛料の香ばしさではなく絶望的な腐った刺激臭なのだが……。

  ジャァァァァァァァァァーーーーッ!!
 水を流す。
 普段は水を節約することを考えて、完全におしりを拭き終わるまで水を流さないひかりだが、真夏の2時半といえば聞くだけで暑くなるような最高気温の時間帯である。当然、トイレにこもる臭気は換気扇のわずかな排気力をものともせず、何倍にも増幅されている。慣れているはずのひかりにも、耐えがたい悪臭と熱気だった。

  カサッ……ガサガサッ……
 紙を手にとって、腫れかけているおしりにあてがう。
 水を流した甲斐あって、トイレの中の悪臭は少しずつ薄れつつあった。

  グギュルルルルルルッ…………
 おなかの鳴る音。
「あっ…………!?」
 間髪入れず襲ってくる腹痛。
(そ……そんなっ……)
 そして、あっという間に膨れ上がる便意。

(……だ、だめ…………)
 ……ペチャッ。
 …………ブリリリリリリリリリリィィィッ!!
 ビチビチビチブビブビブビッ!! ブジュビィィィッ!!
 ブビュルルルルルブリブリブリビチビチビチビチビチーーッ!!

 もはや我慢は一秒も保ってくれなかった。
 ひかりは、震える手が落としたペーパーの上に、下痢便の「おかわり」をたっぷりと注ぎ込んで行った。


 そんな形状の汚物を見慣れている彼女がそれに似た質感の物を見たら、考えたくなくても連想が浮かんでしまう。だからひかりは隆の好物と知りつつも、カレーを作ることに二の足を踏んでしまうのである。もちろん隆もその理由は察しているから、自分から作ってくれと言うことはない。


「あ、百合ちゃんおつかれさま」
 美典が百合の姿を見つけて歩み寄ってくる。
 当然ながら、このカレーというメニューは美典の入れ知恵だった。今回の合宿では百合の熱意に押され、美典が練習の手伝い、百合が食事の準備を主に担当する、という役割分担になっている。料理に関しては、美典はアドバイザー。ただ隆の好きなものを作る、という点では、これほど役に立つアドバイザーはひかりを除いてはいないだろう。

「あ、美典先輩……練習の方はどうですか?」
「みんな、すごくやる気になってるよ。たかちゃんのやる気がみんなにうつったみたい」
「そうですか……。まだ時間ありますし、私も何か手伝いましょうか?」
 百合がぐっと踏み出す。もともと料理よりも身体を動かすのが得意な百合であるから、材料を調理台の上に置くやいなやグラウンドを見に駆け出してきたのである。
 その意味では今回の役割分担は適材適所というものではないが、来年は百合が中心になって、あるいは一人で料理も切り盛りしなければいけないとなると、美典がアドバイスできるうちにやり方を覚えておく、というのも一理あるやり方だった。
「いいよ、百合ちゃんは美味しいお料理を作るのに集中して。わたしもときどき見に行くから」
「……はい、がんばりますっ」
 そう言って、百合は合宿所めがけて駆け戻っていった。



「えぐっ……こ、これで最後っ…………」
 涙を流しながら百合が相手にしているのは、山と積まれたタマネギ。
 決して多くはないとはいえ、20人近くの分量は相当なものである。12個目のタマネギを切り終わる頃には、百合の目は真っ赤になっていた。
 まな板の脇にあるのは、角切りにされたジャガイモとニンジンが満載されたボウル。大きさがまちまちな理由は、彼女の指先を見ればわかるだろう。

「痛っ!!」
 わずかな傷跡から、鮮やかな赤色が球形となって滲み出してくる。
 未熟な包丁さばきは、野菜の準備をするまでに彼女のやわらかな指先にすでに3つの傷をつけていた。これが4つ目。

(練習で怪我した人のために、って持って来たのに……)
 指先に絆創膏を張りながら目を伏せる。とはいえ、これだけの量の野菜を一人で処理したのは、料理に慣れていない彼女としては上出来と言えるだろう。

「……百合ちゃん、調子はどう?」
 ガラリと調理場の扉が開き、体操着姿の美典が顔をのぞかせる。
 なお、百合の服装は制服の上にエプロンである。
「あ、えっと……じゅ、順調ですっ」
 慌てて絆創膏の目立つ両手を身体の後ろに隠す。

「……うん、この時間で切るとこまで終わってれば大丈夫だよ。あとは炒めて煮るだけだね」
「そ、そうですね……」
「…………じゃ、わたしは向こうに戻ってるね」
「は、はい……」


「…………」
 美典が出て行った後。
 あとは炒めて煮るだけ……のはずだったが、百合は鍋を火にかけようとしない。
(い、今のうちに行っておこっと……)
 少しうつむいた彼女は……一瞬の逡巡の後、調理台を離れて歩き出した。


 野菜を切っている間からかすかな尿意を感じていた百合が向かったのは、合宿所の中にあるトイレである。
 女子トイレ、ではない。
 女学校だった頃の内装外装をほぼそのまま保っているこの建物は、当然トイレの構造もその当時のままである。すなわち……個室のみが並んでいるのだ。しかも合宿所内にはここしかトイレがなく、男子が小用を足す際でも個室を使うことになる。無論男女共用であるから、男子と女子が隣り合わせの個室で用を足すことになる可能性もあるわけだ。

(い、今だったら誰もいないから……)
 そう思って、百合は少し安心して個室に入る。
 男子が館内にいる時は、もしかすると隆と鉢合わせしてしまう可能性もあるのだ。百合はそれがどうにも恥ずかしく、昨年の合宿の時などは便意を我慢し続け、翌早朝になって校庭脇のトイレへ駆け込んで用を足したということもある。

「…………」
 エプロンの裾ごと制服のスカートを捲り上げて片手で押さえ、白色の下着を下ろす。
 そう、今は館内には自分以外誰もいないし、排泄と言ってもおしっこの方である。便器を詰まらせる心配などせずに、思う存分膀胱の中身を解放できるのだ。

「んっ……」
  ピュッ……プシャピシュッ……
  プシュ、プシュルルルルルルルルッ!!

 黄金水。
 そう形容するに相応しい色づいた液体が、百合の可愛らしい縦すじの中から吹き出した。

  ピシュッ、プシュッ………
  プシュルピシャァァァァッ…………!!
「うぁ……」

 一瞬にして個室の中に充満するアンモニア臭。
 透明感を残しながらも濃厚に色づいたおしっこは、当然ながら凝縮されたにおいを放ちつつあった。便器の中はあっという間にどぎついレモン色に染まってしまう。

 極度に色の濃いおしっこ……。これもまた、百合の体質の影響から生まれたものだった。
 大便の量が体格に比して異常に多い、ということはすでに述べたが、その原因は腸液や消化液に含まれる塩化ナトリウムなどの電解質濃度である。百合の消化液の中には通常よりも電解質が多く含まれ、それによって生じる浸透圧により、腸管から多くの水分が腸内に吸収されるのである。ゆえに下痢でなくても、便の量が増えると同時に軟質の排泄物が形成されるのである。
 そうして水分が腸内に引き寄せられると言うことは、逆にその他の部分では水分が欠乏することになる。もちろん喉が渇いただけ水分は摂取しているが、そうしたらその分だけまた腸内に持っていかれてしまう。したがって、慢性的に脱水状態にある百合の身体には、余剰に排出すべき水分は残っていないのである。

 水分の排出は主に、汗腺からの汗による蒸発と尿道口からの排尿によって行われる。汗をかく夏場には尿が濃くなり、汗の出ない冬場には尿意を催しやすいという事実からもわかるように、この両方で排出される総量には限界がある。そのうえ百合はその総量が少ないのである。だから、このような濃縮されたおしっこが排出されることになるのである。

「…………」
  プシュッ……ピチョピチョッ……。
  ポタッ……。

 短かった放尿が終わる。
 排出された量は多くなかったが、その色はすでに便器の中の水を鮮やかな黄色に変えてしまっていた。

(……やっぱり、一人でよかった……)
 自らが作り上げた便器の中身を見て、改めてそう思う。大便の時ほどではないにせよ、このにおいのおしっこを男子の隣の個室でしてしまったら、顔が真っ赤になるではすまない恥ずかしさだろう。

 トイレットペーパーを巻き取り、一拭き、二拭き。もう一枚取って、同じようにおしっこの穴に押し当てる。
 落とした紙が黄色に染まりきる前に、百合はレバーを倒して水を流した。



「ノック行くぞ、センター!!」
「はいっ!!」

 キィンッ!!

 白球が青空に舞う。
 時間は日の傾いた4時ごろ、だが真夏の太陽はその姿を山の向こうに沈めるどころか、夕焼けの赤みさえも感じさせない灼熱の白色光を地上に降り注がせている。
 そんな中、昼過ぎに始まった野球部の練習は休む事なく続いていた。
 2日間の合宿、今日は個人の技術向上を目指し、明日は守備の連携や実戦形式の練習に当てる。今は内野のノックを終えて監督が外野にフライを打ち上げているところである。

「……捕れそうか?」
「…………まだ、自信がないです」
 一塁線の即席ブルペンで投げ込んでいた隆と学が、深刻な顔で会話をしている。
「……すみません、僕がもっと……」
「いや……この球をちゃんとストライクゾーンに投げられれば……」
 隆が大会用に練習を続けていた新しい変化球。変化のキレこそ完璧に近づいてきたものの、狙ったコースはおろか、ストライクを取ることすら心もとない。どこに来るかわからない上に変化の軌道が読めず、暴投率2割、捕逸率3割という、バッテリーにとって恐怖の変化球となってしまっている。
「…………先輩、この球の使い方なんですけど、こういうのは……」
「…………」
 隆に耳打ちする学。
 一瞬目をかっと開いた隆だが、すぐ冷静な表情に戻る。
「…………そうだな」
 立ち上がった隆と学。
 二人の頭の中には、このボールを初めて投げる場面がありありと描かれていた。


「お、重い……っ……」
 しゃもじを巨大な鍋に突っ込んで、中に山と放り込んだ具材をかき混ぜる。
 肉だけのうちは良かったが、ジャガイモを入れた途端にその重さが倍以上に膨れ上がった。百合の細腕ではかき混ぜるだけでも一苦労である。

「わ、焦げてるっ!!」
 混ぜ方が不十分となると、ガスコンロの火に接している部分にずっと置いてあったジャガイモの底面が焦げ始めていた。
(は、早くお水入れないと……)
 焦る百合は、絆創膏の目立つ指先で水道の蛇口をひねり、置いてあったやかんに水を汲んでいく。それが溜まるのを待ちかねて、7分目くらいのところで鍋に流し込む。

「これで一安心…………」
 水の浮力で具材も混ぜやすくなっている。
 百合は、いったん沸騰した後の鍋を、中火でぐつぐつと煮込み始めた。


 ときどきかき混ぜ。
 ときどきアク取り。
 その2つの作業以外はほとんど待ち時間である。

(先輩……喜んでくれるかなぁ……)
 アドバイスを受けたとはいえ、今作っているカレーは紛れもなく百合の手料理である。好きな男の子に手料理を食べてもらう……女の子として一番の腕の見せ所だ、と百合は思っていた。ならば当然、その結果が気になるところ。
 もともと百合は料理に自信はなかったが、この機会をフイにするわけにはいかない。期末試験が明けてからは、にわか仕込みながらもカレーの味つけの研究を行っていた。ただ市販のルウを放り込むだけではあまりに情けないと思い、様々な香辛料を追加してみた。
 実験初日(試験終了日)にガラムマサラの入れすぎで失敗した後は、様々な香辛料を少しずつ加える方針に転換し、その時の1/4ほどのガラムマサラを中心にパプリカ、ターメリックなどの香辛料で色と風味を増強するものができた。そのレシピはしっかりと頭にも叩き込んである。

 ……頭にも、というのは、頭以上に彼女は自分の身体でもってその香辛料の刺激の強さを思い知ったからである。ちょうど1週間前の土曜日は、香辛料の強すぎる刺激で胃腸に異常をきたし、下痢をしてしまっていたのだった。彼女の排便量の多さはそのまま排便回数に影響し、まる1日トイレに通い詰めという有様であった。
(絶対間違えないようにしなくちゃ……先輩と一緒なのに、おなかこわしちゃったりしたら……)

 真剣に鍋の中を見つめる百合。
 まだ、ジャガイモなどの具材は煮えきっていない。味つけを考え始めるには少し早すぎる。
 しかし百合の気持ちは、今このときにも真剣勝負とばかりに高ぶっていた。


 その緊張感が持続すること20分。
 そろそろ……と思った百合は、菜箸を手に取り、鍋の中で浮沈を繰り返しているジャガイモに突き刺す。
 その、感触。
(行ける……かな?)
 わずかな抵抗を感じたが、さほど力をいれずに貫通に近いところまで刺すことができた。

(ルウを入れた後も煮るんだし……そろそろいいかな)
 そう、判断を下した。
 ルウの準備をする。いくつかに分けて、おたまの上で溶かすようにしないと、カレーの中にルウの塊が残ってしまう可能性がある。自分がその粉っぽい食感に顔をしかめるだけならまだしも、今回は人に食べさせるもの、大好きな先輩に食べてもらうものなのだ。そんな失敗は許されない。

 チャポッ……。
 おたまを小刻みに振り、ルウを溶かしていく。わずかに白濁した無色であった煮汁が、徐々にルウの茶色に変わっていく。
 一つが溶けきったらまた次、その次……。3箱分のルウを溶かすのには時間がかかったが、これなら未消化……もとい、未溶解のルウが残ることはないだろう。

「あとは……これでっ……」
 香辛料を混ぜる。ガラムマサラ3にパプリカを1、ターメリックを1。計量スプーンを用いて、鍋の大きさから考えればバカらしくなるほど慎重に加えていく。

 ガチャン。
(炊けた……?)
 脇にあるガス炊飯器。部員が持ち寄った米を洗ってといで炊く……その作業も百合一人でやった。
 まさに、今回の食事は百合の手料理と言うに相応しいだろう。

「…………よしっ!」
 おたまに口を近づけて味見。辛すぎず甘すぎず、既成のルウだけでは出ない香りも加えた、予定通りの完璧な味に仕上がっている。自分の料理にこれだけ自信が持てたのは、初めてと言っていいほどの喜びだった。

(はやく、先輩に食べてもらおう……)

 百合はそう思うが早いか、ガスコンロの火を消してグラウンドへと駆け出していった。


 ようやく赤く染まった空の下。
 熱心な練習は続いていた。
 打撃練習、外野の遠投、内野陣の送球練習。

 予測はしていたが、グラウンドの端にちょこんと出てきただけの百合に目を止める者はいない。

(これが役に立つなんて……)
 百合は嬉しいような悲しいような気持ちを胸に、身体の後ろにもっていた二つの物体を胸の前に構えた。
 …………からっぽの鍋とおたまだった。

  カンカンカン!!

「みなさーん、晩ご飯できましたよーっ!!」


 金属質の大音響、そして熱気の残る空気の中に、百合の澄み渡った声が響く。
「ごはんですよー!!」

「おおっ!!」
「メシだメシ!!」
 練習に熱心とはいえ、育ち盛りの少年達。身体は素直に、練習で消費したカロリーの補給を求めていた。


「あ、澄沢、ちょうどいいところに来てくれた」
「あ、早坂先輩……晩ごはん、ちゃんとできましたよ」
 隆のもとに駆け寄った百合。その表情は喜びと期待に満ち溢れている。
「ああ……なあ、ちょっとだけ時間大丈夫か?」
「えっ……?」
「対下手投げの練習をまたやりたいんだ。投げてくれないか?」
「え……今から、ですか?」
 おなかをすかせているだろうから、練習熱心な隆とはいえすぐ食事に飛びついてくるだろうと思っていた百合には、さすがに意外な言葉であった。
「ああ……夜は照明がなくてできないし、明日はチーム練習だから今のうちにって思って」
 確かにその通りである。桜ヶ丘中のグラウンドには、夜間練習用の照明設備がない。だからまだ明るさがある今を逃すと、明日の朝まで練習する時間がなくなってしまう。

「…………わかりました。でも、すぐ終わりにしてごはん食べましょうね。美味しくできたんですからっ」
「おう、期待してる。じゃあ、10球でいいから頼む」
「はいっ!」
(これも、先輩の力になれることなんだから……がんばらなくっちゃ!)


 マウンドから数歩前に出たところから投げる。腕を一回転させて……。
「えいっ!」
  ヒュンッ!!
  ブンッ!!
「……いい球だ」
 空振りを喫した隆がつぶやく。
 外角低め一杯。見事なコースに決まった1球は、文句なしの球威だった。
「澄沢、この球なら今度の大会でも通用するんじゃないか?」
「そ、そんなことないですって……いきます!」

  外角、高低は真ん中。対する隆は、腕を一杯に伸ばして振りぬく。
(……とらえた!)
 ミートの瞬間、隆は確かな手ごたえを感じた。

  キィン!!
「……二塁打、かな」
「ですね……さすがです」
「けど、外角だけじゃ抑えきれないぞ。ぶつけてもいいから、内角に放って来い!」
「は……はいっ!」

 その後の8球。
 空振り2、ファール1、ゴロ1、フライ1。
 ヒット性の当たりは3本、うちジャストミートの1本はどう見てもホームランだった。

「4割か……まだまだだなぁ」
「そ、そんなことないです……空振りは3回しないとアウトにならないんですからっ……5割以上ですよ」
「そっか。……まあ、本番までに仕上げればいいか。じゃあ……」

「あの、先輩っ、澄沢さんの球、僕にも打たせてもらえませんか?」
 百合の投球を受けていた学の発言。
「えっ……藤倉くんが?」
 百合が驚いたのも無理はない。学はリード面を買われてレギュラー入りしたものの、打撃の方は考えなくていい、ダブルプレーにだけなるなという扱いだったからだ。
「あ……ダメだったらいいんですけど……」
「ううん、別にだめって訳じゃないけど……」
 やや当惑気味の百合。嫌ではないが、早く隆に夕食を食べさせてあげたいのも事実である。
「……いいじゃないか。藤倉が打てるようになれば、それだけ打線が強くなるんだ。澄沢、1打席分だけでもいいから投げてやれよ」
「はい……わかりました。……手加減しないからね」
「うん」

 打者と捕手の役割を入れ替えてのもう1打席。
「いきますよっ!!」
 1球目、真ん中高め、空振り。
「次っ!!」
 2球目、内角低め、ボテボテのファール。

「くっ……」
「そんな風に上から叩いたらゴロにしかなんないって。低めはすくい上げるように打つしかない」
「は、はい……」

「いきますっ!!」
(これを打たなきゃ……せっかく、澄沢さんが投げてくれてるんだから!)

 コースは外角低め。
(すくい上げる!)

  キィン!!
「あっ……!?」
 ボールは百合の頭上。
 反射的に手を伸ばすが、身長の低い彼女では届かない。

「センター前ヒット。……今の感じ、忘れるなよ」
「は、はいっ!!」
「藤倉くん、ナイスバッティング。……ちょっと悔しいけど」
「あ、ありがとう、澄沢さんっ」

 心底嬉しそうな学。

「早坂せんぱーい! 澄沢せんぱーい! なにやってるんすかー!! みんな待ってますよーっ!!」
「おう、今行く!!」
 グラウンドの端から陽一郎の声。それに負けない声量で隆も答えた。

「……さて、澄沢の自慢の晩メシをいただくとするか」
「……はいっ」



「いただきまーす!!」

 号令一下、スプーンの音がカチャカチャと鳴り始める。
「うまい!」
「いける!」
 あちこちで快声が響く中、百合の視線は同じテーブルに座った隆に注がれていた。

「せ、先輩……どう、ですか……?」
「………………」
 隆の単純な喜びの声を期待していた百合だったが、その声がなかなか聞こえない。

「も、もしかしてお口にあわなかったりとか……!?」
「…………いや、うまいよ。……妹が作ったのよりうまい」
「ほ、本当ですかっ!!」
 大げさな喜びではない賞賛の言葉。だが、百合には単純な賛辞よりも嬉しかった。
 隆が妹のひかりを大切にしているのは本人の言葉、態度、また美典から聞く中でも十分すぎるほど知っている。その妹と比べて……というのは、最大級の評価だろう。
 事実、隆は百合が作ったカレーを、比較できるいかなるカレーよりも美味しいと感じていた。ひかりや美典が作ったものよりも。
(…………母さんのより、は…………)
 ただ一つ、比べることのできないものを除いては。

「先輩……?」
「あ、ああ。なんでもない。おかわり、もらえるかな?」
「は、はいっ!!」
 こちらは素直に喜びを表す百合。
 感傷的な気分を感じていた隆も、それにつられて笑顔になる。

 この合宿は、楽しくかつ実りあるものになる――。

 この瞬間には、誰もがそう思っていた。



 夜。

 夏の長い日が落ちた後、学校の明かりも消えた後。合宿所の明かりだけが、小さくしかし煌々と灯っている。

 食事と片づけが終わった後、調理室の明かりは消え、代わりに明るくなっているのは浴場。
 梢葉館の浴場は女子寮時代の構造そのままのせいかかなり大きく、10人ほどが同時に湯船につかることができる。
 今は、その広い大浴場を2人の女子が占有していた。

「ふぁ〜……百合ちゃん、おつかれさま。カレーおいしかったよ」
「あ、ありがとうございます……でも、ちょっと作りすぎちゃいましたね……」
 炊いたごはんの量に比べてカレーの量が多かったため、最後はルウのかけ放題状態になり、大量のルウの中にごはん粒が浮いている、という皿も2,3あった。それでも余ったため、百合もおなかは一杯だったがルウだけをスープ状にして一皿分すすって、なんとか鍋を空にしたというのが実情だから、「ちょっと」というのはいささか不適切な形容である。

「でも、みんな美味しそうに食べてくれたし、いいと思うよ」
「はい。おかわりとかしてくれて、とってもうれしかったです……」
 嘘偽りのない気持ちだった。女の子らしくありたい、と思う中で一番苦手だった料理でやっと認められた、という喜びは、何物にも換えがたい。
「とくにたかちゃんなんて、3杯も食べてたしね」
「は、はいっ……」
 もちろん、隆に喜んでもらえたのが、満足としては最も高い。ほんの一瞬だけ、考え込むような表情が見えたのが気にはなるが、美味しそうに食べてもらえたことでそんな不安は消し飛んでいた。

「……そろそろ上がろっか」
「あ……はい」
  ジャバッ……。
 美典の声にあわせて、湯船につかっていた二人の少女の一糸まとわぬ姿が浮かび上がる。
「…………」
 そのまま浴室を出ようとする美典に対し、百合は立ち上がったまま。

(やっぱり、美典先輩って女らしいなぁ……)
 目の前に浮かんだ曲線美を見て、ため息をつく。
 女性的な体つき、という点では、百合は比べるべくもない。起伏の少ないつつましやかな体型。身長も低いから、幼児体型というよりは子供そのままといった印象だろう。

(でも…………)
 気立てでは負けない。料理でも、今日の実績で追いつくとまでは行かなくとも、一定の評価を得ることができた。何より、先輩を好きだという気持ちは誰より強い――。

「百合ちゃーん、早く出ないと男子の時間になっちゃうよー?」
「え……あ、ああっ、待ってくださいっ!!」
 美典の声に急かされ、慌てて浴室を飛び出す。
(…………美典先輩と一緒だと、なんか調子狂っちゃうなぁ……)
 マイペースというか何というか。百合は首をかしげながらも、寝間着となる体操着に着替え始めた。


 部屋に戻る。
 部屋割りは30畳の大広間に男子部員全員、8畳の小部屋を女子マネージャー2人で1室、それと顧問の先生用に1室であった。
「…………そろそろ消灯時間ですから、休みましょうか」
「うん。……あ、でもわたしその前にトイレ行ってくるね。百合ちゃんは?」

「あ……」
 0.3秒の沈黙。

「わ、私も行きますっ」
 カレーの程よい辛さに、つい水を飲みすぎた影響だろうか。確かにわかる尿意が、下腹部からせり上がってきていた。


 美典がトイレの入口のドアを開け、閉まる前に百合もくぐる。
 その間、百合は中の気配を確認しなかった。

 百合が入口のドアを締めた瞬間、一番手前の個室が開いた。

「あれ……」
「…………!!」

 鉢合わせた相手は男子。
 それも百合にとって、一番この場所では会いたくなかった人。
 早坂隆だった。

「…………」
 顔を真っ赤にする百合。
 トイレの中で男子と会う、ということ自体恥ずかしいのに、よりにもよって隆と鉢合わせしてしまうとは…………。

「たかちゃんももう寝るの?」
 と、こちらは自然体な美典。臆する事なく個室に歩きながら隆に声をかける。このままだと個室に入って用を足しながらでもしゃべってそうな勢いだ。

「あ、ああ……明日も早いからな」
 隆も、少し顔が赤い。さすがに平常心ではいられないのだろう。このトイレの構造が女子トイレと同じであることもその一因である。

「じゃあ俺は……ん?」
「…………っ!!」
 隆と百合の目が合った。

(ど、どうしよう……)
 隆の見ている前で個室に入るのも恥ずかしいが、かといってトイレから飛び出すのも意識しすぎのようでやりにくい。しかも、膀胱には少なくない量の小水が溜まっているため、一度トイレを出てもまたすぐ戻ってこないといけないのだ。

 ……真っ赤になって悩んでいる百合に、隆から助け舟が差し出された。
「えと、俺、もう行くよ。……気にしなくていいから」
 そう言って百合の脇をすり抜け、トイレの外に出る。

(あ…………)
 真っ赤になっている自分を気遣ってくれたのだろうか。余計な心配をかけてしまったかもしれない。でも百合には、隆のさりげない優しさがありがたかった。

(ありがとうございます、先輩……)


 その夜は熱帯夜だった。
 気温27度ではあるが、クーラーなどという文明の利器はこの合宿所にはない。窓を開け放って、かすかな夜風を感じながら床に就く。
 が、百合はなかなか寝付けなかった。

(今夜は……先輩と一つ屋根の下なんだ……)
 そう思うだけで胸が熱くなる。
 これから寝るだけだと言うのに、部屋も別々で、間違いが起こることなどないはずなのに、小さな胸の高鳴りがおさまらない。
 とても眠りに落ちる精神状態ではなかった。

(せんぱい…………)


 が。
 百合がそこまでに想う隆の姿は、今この時「一つ屋根の下」にはなかった。

「くっ……!!」
  ブンッ!! ビュンッ!!
 合宿所の入口の非常灯の下。かすかな明かりの中に、少年の人影と彼が振るバットの音が響いていた。

(余計なことは考えるな。美典や澄沢が知ったら、絶対傷つくぞ……)
 余計なこと。
 トイレで美典、百合と鉢合わせてしまった隆は、その後二人がトイレで何をするのか想像してしまった。
 何を、ともったいぶる必要はない。トイレで行うのは排泄行為。女の子の一番恥ずかしい姿が、隆の脳裏に浮かんで離れなかった。
 そのもやもやを振り払うための抵抗が、この深夜の素振りである。

 自分がトイレを去る前から聞こえ始めた放尿音。美典が、かすかなため息をつきながら尿道口を緩めると、わずかに色づいたおしっこが便器の中へ注がれる。
 その音が鳴り止まないうちに、一つおいた個室に入った百合も体操着のブルマを下ろし、その股間からアンモニア臭のあるおしっこを放出する。
 排泄音の協奏……。

(だめだだめだっ……落ち着け、早坂隆!!)
  ビュオンッ!!
 より強く浮かんできた想像を振り払うかのように、鋭い勢いでバットを振る。

 それでもあられもない考えは浮かんでくる。
 直接的な刺激となった美典、百合の姿だけではない、ひかりや純子の姿まで……。
 隆はその度にバットを振り、浮かんだ想像をかき消そうとした。

 深夜の素振りは、一度風呂で流した汗が再び身体中に浮かぶまで続くことになった……。


 翌朝の起床時刻は6時。朝食の後、7時30分から練習開始。
 照明設備がなく夜間練習ができない分、朝早くからの練習で最後の仕上げを行う。

 …………その、予定だった。


 11時に床についた百合が眠りに就いたのは、1時間近くも経った12時過ぎ。目を覚ましたのは、夜も白んだ5時ちょうど。
 普段7時間程度睡眠をとっている彼女にとって、5時間の睡眠は本来のリズムではない。
 目覚ましなどの外的な刺激がなければ、もう1時間ノンレム睡眠の深い眠りのままのはずだった。

 彼女の目を覚まさせたのは、外的な刺激ではなかった。
 身体の中から起こった刺激である。

(え…………)
 目が覚めた、と思っても、最初は何がおかしいのかわからなかった。
 身体に力が入らない。
 まだ夢の中にいるのか、それともこれが金縛りという状態なのかと、思考だけが千々に巡る。

(あ……っ……………)
 やがて。
 感覚がはっきりしてくる。それにつれて、その感覚の中の一つ……痛覚が他の間隔を押しのけて頭の中を埋め尽くしていくのがわかってきた。

 痛い。
 痛い。
 ――なんで?
 痛い。
 とにかく痛い。
 ――どこが?
 おなかが。
 おなかが痛い。
 ――どうして?
 わからない。
 とにかく痛い。
 おなかがちぎれるほど痛い……。

  ギュルルルルルルルッ!!
「んくっ!!」
 おなかの鳴動が、その収縮の刺激が、百合の意識を完全に覚醒させた。
 腹痛。
 腸の収縮。
 慣れているわけではない、でも、決して初めてではない感覚。

(おなか……こわしちゃってる……!?)
  ギュルゴロロロロロロロッ!!
「うぅっ……!!」
 問いかけに答えるように、おなかが無気味な音を立てる。

(ど、どうしよう……おなかこわしてたら……)
 間もなく、強烈な便意が巻き起こってくることになる。
 そうなる前にトイレに行っておかなければ、大変なことになってしまう。

 腹痛、そして便意への不安から、いてもたってもいられず立ち上がった百合。
 その立ち上がった瞬間だった。


 ギュルギュルギュルギュルギュルルルルーーーーッ!!
「ひっ………あぁぁっ…………」
 おしりの穴を猛烈な便意が襲った。
 高まる、というレベルではない。まったく便意がなかったところに、いきなり限界近い圧力が押し寄せたのだ。

(だ、だめっ……出ちゃうっ……)
 当然、歩くことはおろか、立っていることすらままならない。
 崩れるように、布団のやわらかい足場の上にしゃがみ込む。

  ギュルッ!! グギュルルッ!! グルルルルルッ!!
「ひぁ……ぁぁぁっ……」
 容赦なくおなかを襲う激痛、間断なくおしりの穴をこじ開けようとする便意。
 百合はその両方に片手ずつを当てがって対処していた。
 右手でおしりの穴を押さえ、あふれ出そうとする便を押しとどめる。左手で下腹部を一心にさすって、痛みをわずかでも和らげようとする。

(うぅ……痛いっ……もれそうっ……だめ、だめ…………)
 おしりを押さえるのに集中すればおなかの激痛が膨れ上がり、腹痛をなだめるのに集中すれば、今にも飛び出しそうな便の圧力で肛門がちぎれそうになる。

 絶望的な我慢だった。

 ただ、唯一の救いだったのは、下痢による便意とはいえその高まりは単調増加ではなく、周期的に極大と極小を繰り返しながら高まっていくものだということである。

  キュ、キュルゥゥゥゥッ……。
「あ…………はぁっ……………」
 気の抜けた音とともに、張り詰めていた便意と腹痛が、嘘のように消えていく。
 便意の高まりが急激だった分、極小たる波の引き方も急なのだろうか。

 ともあれ、百合は瀬戸際の戦いから一時的にとはいえ、解放された。


(お、おトイレに行かなきゃ…………またしたくなったら、もうがまんできない……)
 自分の腹具合が下痢に他ならないことは、百合にはもうはっきりとわかっていた。
 この隙を逃したら、またとてつもない腹痛と便意に襲われることになる。そうしたら、待っている結果は十中八九おもらしであろう。それだけはなんとしても避けなければならない。

 何せここは中学校の合宿所。
 扉二つ隔てた先には、憧れの先輩である早坂隆がいるのだから。
 おもらしなどという事態になったら、間違いなく彼の知るところとなり、そうしたらもう、恥ずかしくて二度と顔を合わせることができない。
 それは、百合にとっては死刑宣告に等しい。

(でも……もし先輩に会ったら……廊下ならともかく、トイレの中なんかで……)
 昨日トイレで鉢合わせした苦い記憶がよみがえる。
 あの時はまだ用を足す前、しかも小用の方だったからよかったものの……大便、しかも下痢となれば、扉越しに音を聞かれることすら首を吊りたくなるほどの恥辱である。

  キュルルルルルルルッ!!
「はぁっ……!!」
 腹痛の再発。
 今回は動けないほどの強烈さでもなく便意もまだないが、このままでは第2の波が来るのは時間の問題。
 もう、百合には悩む時間は残されていなかった。
 一番近くのトイレに駆け込んでも間に合う保証はないのである。

「んうっ……くっ…………」
 何としてもトイレにたどり着き、排泄をすませなければならない。
 百合の頭の中に浮かんだ思考は、ただそれだけ。
 理性か本能かわからない思考が命ずるままに、百合は立ち上がり、部屋の外へと足を向けた。

「うぅ……っ…………ん…………」
 百合が扉を開けて去った部屋の中。
 もう一つ並んでいた布団の中から、かすかなうめき声が聞こえていた。


「うぅっ…………」
 引き戸になっている部屋の扉を開ける。
 幸いにも、廊下に男子の姿はない。
 百合はふらつく足で、一歩一歩を踏みしめるように歩き出した。

 最初の難関は階段である。
 階段の下りは上りと逆で、どうしても背筋を伸ばすような形になる。前かがみになって必死に腹痛をこらえている百合にとって、その体勢は拷問でしかない。
 とはいえ、この階段を降りきらなければトイレにはたどり着けないのだ。


「んっ……」
  キュルッ……ゴロロロッ……。
 一歩足を下ろすたびに、おなかの不気味なうなりが伝わってくる。
 数年来経験したことのない猛烈な腸の苦しみだった。数日前に辛さの刺激で下痢をしたのとは比べ物にならない激烈な腹痛。これほどの痛みは、小学校の頃に傷んだ卵で3日間下しっぱなしの食中りをした時くらいしか記憶にない。

(もしかして……昨日の夕食が悪かったとか……)
 食中り、と聞いて、自分が作った昨日の食事を思い出す。万が一食中毒とでもなれば、他の部員も体調を崩している可能性がある。そうなったら、美味しい料理どころか毒物を食べさせてしまったということになり、百合の責任は重大である。

(そ、そんなことはないはず……きっと大丈夫……)
 浮かびかけた最悪の想像を振り払う。作ったのはカレーである。よく炒めてよく煮込み、十分に熱を通した。ちゃんと熱を通せば食中毒の原因菌は死滅する、これは家庭科でも保健体育でも習った教えである。
 窓も開けて寝ていたし、体力的にも精神的にも疲れてるところにおなかを冷やしたから、普段以上におなかがゆるくなっているだけ――。百合はそう思おうとした。
 ……ただ、このおなかの猛烈な痛みだけは、どうしても説明がつかなかった。

  ギュルゴロロロロロッ!! 
  ギュルルルルグギュルルッ!!
「……ひっ!?」
 腸内を水分がうごめく異様な感覚。百合は声にならない悲鳴をあげた。
 間髪入れず、強烈な便意が彼女に襲いかかる。

(は、早くしなきゃ――)
 一秒よりも早い周期でその猛威を増していく便意。
 早くこの階段を下りて、トイレに駆け込まなければいけない……だが、百合はまだその折り返し地点である踊り場にさえ達していなかった。

  ギュルルルルルルッ!!
  ググググッ…………
「うぅぅ………………」
 肛門の猛烈な圧力を押さえつける指先。すべての力は今、その一点に集中していた。
 足腰には全く力が入らず、手すりを弱々しくつかんだ左手だけが支えとなっていた。

(行かなきゃ……こんなところでおもらししちゃったら……)
 男子達……特に隆の目の前で大量の下痢便をおもらしする姿など、想像するだに恐ろしい。それを避けるためには、限界をすでに越えている便意を、限界以上の力で必死に我慢するしかないのである。

 一段。
 そしてもう一段。
 交互に出す足で一段ずつ降りるのではなく、右足を下ろしては同じ段に左足を下ろし、慎重に慎重に歩を進めていく。そうでもしないと、動いた衝撃で下痢便があふれてしまいそうだった。

(これで……半分……)
  ギュルゴロロロロロロロロロッ!!
  グルルルルルルギュルギュルギュルッ!!
「――――っ!?」
 彼女が踊り場に両足を下ろした瞬間だった。
 壮絶な便意。
 腸の奥が熱くなり、その圧力が肛門に向かって押し寄せる……。
(でちゃうっ……!?)
 あまりの圧力に我慢の限界を直感した百合は、慌てて手すりをつかんでいた手をおしりの圧迫に回した。

「うぁ……………………あはぁぁっ!!」
  ギュルキュゥゥゥゥゥゥッ!!
  ゴロゴロゴログルルルルルルルーーーーッ!!
  ギュルギュルギュルギュルギュルゥゥゥーーーーーッ!!
 出ようとする大便と出すまいとする指先。
 二つの圧力が、ショーツとブルマ越しに猛烈な戦いを繰り広げる。その舞台である肛門自体は、すでに締め付ける力を失っていた。指先の圧力が負ければ、百合の体内に蓄えられた大量の汚物は何の抵抗もなく下着の中へと溢れ出すであろう。

(だめ、だめ、出ちゃだめ…………)
  ギュルルル……ギュポッ!! グキュルーーーーッ!!
 耐える。
 熱くなった肛門が悲鳴をあげ、下りきった腸が新たな液状物を直腸へと送り込む。
 体内で渦巻くおぞましい感覚に、肛門を襲う間断なき圧力に、百合は必死に耐えた。

  キュゥーーーー…………ゴポポポッ!!
「はぁ…………っ……?」
 泡が弾けるような音。
 およそ人の身体の中から発せられるとは思えない音が、百合のおなかから響く。
 せり上がる吐き気のような感覚。それは、肛門でせき止めた便が腸の奥へとかき混ぜられながら逆流してくる感覚に他ならなかった。

(気持ち悪い……けど…………)
 こみ上げる不快さと引き換えに、便意の波が引いていくのがわかる。部屋の中で感じたときのように、完璧に便意が消えることはないが、おもらしの崖っぷちはかろうじて脱している。

「い、急がなきゃ…………」
 今しかない。
 百合は中腰の体勢から顔を上げ、一段飛ばし……とはいかないものの、駆け足で階段を降り始めた。


「…………っつ……」
 おなかに響く振動をこらえながら、最後の一段から足を下ろす。

 降りてきた先は食堂スペースの広間になっている。これを横切れば、トイレの入口がある。
 幸いにも人影は見えない……もっとも、今の百合には周りを見ている余裕はない。かすんだ視界の中で、便所と書かれた表示板だけが燦然と輝いている。

「ぅぅ…………」
  ギュルゴロゴロゴロギュルルルルルルルッ!!
  ゴロロロロログルルルルルギュルッ!!
 階段の途中でこらえきったと思った便意は、すでにまた暴発寸前にまで高まっていた。両手でおしりを押さえ、汗だくになりながら歩を進める。

 トイレの入口までたどり着く。
 震える手をそっとおしりから離し、そのドアを開ける。

(これで……おトイレ……間に合うっ…………)
 百合にとって歓喜の時間が訪れる……はずだった。

「……………えっ……!?」
 百合の表情が驚愕のそれに変わる。


 6個ある個室はすべて閉じられていた。
 その前にも並んでいる男子達の姿。
 苦しげな表情、うめき声、そして……。

「す、澄沢先輩……大丈夫っすか? なんか、みんなさっきから腹痛いって……」
 列の後ろに並んでいた陽一郎の言葉が、その現実をさらに百合の眼前に突きつける。

 百合は自らの便意も忘れ、衝撃に立ち尽くしていた。

(まさか……うそ……こんなの……)
 ――集団食中毒。
 目の前の惨状から導き出される答えは一つしかなかった。
 だとしたら、原因は自分が作った食事。

(……そんな……)
 嘘であってほしかった。あるいは夢であってほしかった。
(お願い……夢なら、夢なら早く覚めてっ…………)
 夢と言うにはあまりに現実感のある腹痛と便意を抱えながら、百合は悲痛な祈りをささげた。
 だが……その今このときだけは一番聞きたくなかった声が、百合を現実に引き戻した。

「……澄沢、大丈夫かっ!? みんな腹が痛いって…………ぁ……」
「え…………」
 トイレの入口から駆け込んできた隆の姿。上体だけを振り返らせた百合の瞳に、上気した顔が映る。見る限り、隆は調子悪そうではない。
 ただ、その瞳は、百合を凝視したまま固まっていた。
 視線を、自分に移す……。

「あ、や、いやぁぁっ……!?」
 おなかとおしりを押さえた苦しげな体勢。よく見れば足腰の震えすらも見て取れるだろう。
  ギュルゴロロロロロロローーーーッ!!
「あぐっ……」
 狙いすましたかのように、おなかが嫌な音を立てる。周囲の雑音に負けない大きさで、隆の耳にもはっきりと届くほどの音。あまりの苦しさに、百合は倒れそうなほど前かがみになっておなかを抱え込んでしまった。

「はぁ……はぁ…………あっ!?」
 その波を耐え切った百合が顔を上げる。
 ――そこには、驚いたような顔で自分を見つめる隆の姿があった。

「澄沢――」
「あ、あの、これは、私、だ、大丈夫ですからっ、そのっ…………」
 真っ白な頭で、致命的な場面を見られてしまったことを弁解しようとする百合。
 だが、隆には今百合がどんな状況にあるのか、手に取るようにわかっていた。別に、女の子の排泄に興味があるからというわけではない。もっともっと鈍感な男でも、この姿を見たら便意をこらえていることは一目瞭然なのだ。

「おいっ、余裕があるやつ……澄沢を先に入れてやってくれっ!!」
「……っ!?」
 隆が叫ぶ。
 隆にとっては当然のことだった。女の子に恥をかかせるわけにはいかない。ひかりがおもらしをするたびにどんな目で見られていたかを知っているから。

 ……だが、その当然の厚意を受けるには、百合の羞恥心はあまりにも強すぎた。

「…………いやぁぁぁぁぁっ!!」
 悲鳴。
 声にならない声を上げて、百合はトイレの外へと弾け出る。

「な……!? お、おい澄沢っ!!」
 あまりの出来事に、隆は顔を覆ったまま真横をすり抜ける百合を止めることができなかった。


「はぁ……はぁ…………だめ……」
(あのトイレでなんて……絶対できない…………)
 周りを男子に囲まれた中、隆から破れかけた木の板一枚隔てただけの場所で用を足す……いや、そんな生易しいものではない。音もにおいも筒抜けの場所でとんでもない量の下痢便を放出するなど、百合にはとてもできなかった。
 誰がなんと言おうと、隆の厚意があろうと絶対にできない。

 じゃあどうするんだ、と理屈家なら問い掛けるだろう。
 ……もちろん、百合はその問いに答えられる解決策を持っていなかった。
 ただ逃げ出しただけである。

 ……当然、その無策の報いは百合自身が受けることになる。

「はぁ…………はぁっ…………」
 我慢も何もかも捨てて、ただ隆から離れようとした百合。
 言う事を聞かなくなりつつある足は、裸足のまま合宿所を飛び出すことを選んだ。
 あと5分走りつづけることができれば、道路を越えて校舎側に行き、校庭のトイレに駆け込むことができたかもしれない。
 だが百合の頭は、もうそれを考えることすらできなくなっていた。
  ギュルッ!! ゴロロロロロッ!!
  グギュルルルルルルグルルッ!! ギュルルルルルーーーッ!!
(おトイレ……うんちしたい……でちゃう…………でちゃうっ…………)
 思考のすべての部分が便意に飲み込まれていく。
 トイレに駆け込んだ時点で限界だった百合の我慢がここまでもったこと自体、奇跡と言っていい。合宿所から出れば、たとえおもらしをしてもその瞬間を隆に見られずに済む。それだけが百合にとっての救いだった。

 だからだろうか……合宿所から出た瞬間、百合の目の前が真っ白になった。

  ミュルッ…………。

「あ………………あっ…………!?」
 決して大きい音ではなかった。
 だが、自分にははっきりとわかる。

 おしりに降りかかる圧力が消えたのである。
 もちろん、便意が消えたわけではない。
 圧力の元凶が外――ブルマの中へとへ吐き出されたからであった……。

(おもらし……しちゃった…………)
 隆の言葉に従い、我慢だけに集中してトイレで待っていれば、下着を汚さずに済んだのかもしれない。だが百合はおもらしの危険を冒し……いや、確実にもらすとわかっていても、隆の元から離れる道を選んだ。
 おもらしをすることになっても、好きな人の前で恥ずかしい姿は見せたくない――。
 百合の決断は、人間としての尊厳よりも恋する乙女としてのプライドを守ろうとしたがゆえのものだったのかもしれない。

「うく……っ……」
  ミチミチミチニュルッ!!
 軟便がさらにあふれ出る。もともと直腸内にあった便で、食中りの影響は受けていないはずだが、百合の便は常時水気が多いため、この軟らかさなのである。この便をあふれさせずに我慢していた彼女の努力も、並大抵のものではなかったことが知れる。

  ミチミュルルルムニュルッ!!
「うぁ…………んぅ…………」
 指先、ブルマの生地越しに生暖かいやわらかい感触。それはもちろん、ブルマの中に溢れ出した軟便の感触だった。
 ……それでも、百合は押さえる指を離さない。痙攣する肛門が締め付ける力を失った今、指先の圧力が消えれば腹圧そのままの勢いで軟便がブルマの中に炸裂するに違いない。その量たるや百合自身にも想像がつかないほどだ。だから、百合はおもらしした軟便をブルマとおしりの周りに塗りたくる結果になっても、指先を離すことはできないのだった。

  ミチュルルルル!! ブニュルッ!!
「はぁっ…………あぁ………」
(は、早くどこかで…………!!)
 ぼやけた視界であたりを見回した百合。
 その視界の中に、無機質なコンクリートが目に入った。
 合宿所の裏手から出ている側溝。その幅は肩幅ほどで、両足でまたぐにはちょうどいい。その反対側は塀になっているから、意図して覗き込まれない限り見られることはない。
 だが……。

(そ、そんな…………)
 思い当たったことに、まだためらいを見せる百合。
 しかし、事態は一秒の躊躇をも許さぬほどに切迫していた。今この瞬間もなお、押さえつけた肛門の中から、新たな軟便がブルマの中へと溢れ出しているのである。

  ミュル……グジュゴボッ!!
「ひっ…………!?」
 ブルマの中から響いた異音。
 一瞬ブルマが広がって、わずかに戻ったのがわかる。
 ガスが出た衝撃か、それともショーツをはみ出して、直にブルマの生地に軟便がはみ出したのか……。
 とにかく、百合には選択の余地も時間の猶予もなかった。

  ムニュルッ!! グチュッ!! ブポッ!!
「ん………………」
 朝のさわやかな空気の中に怪音と異臭をまき散らしながら、百合は側溝にたどり着くべく駆けていった。

「くっ……」
  ミチュッ……ブジュッ!!
 容赦なく排泄音を奏で続けるブルマに手をかける。その中心部は、肉付きの薄いおしりの双丘の間に、ともするとそれより高いもう一つの山となって膨らんでいた。
 しゃがみ込むようにして、一気に膝下まで下ろす。内腿を伝うおぞましい感覚に、百合はブルマを完全に脱ぎ去る決意をした。がに股になるのもかまわず、片足ずつブルマを外し、合宿所と逆側、塀のそばに置く。
 その中から現れるのは、正面から見れば汚れ一つないつるつるの白い肌。しかし背中から見れば、肛門の周りがべっとりと軟便で塗りつぶされた汚れのかたまりである。
 そして、そんな惨めな下半身をさらけ出した彼女は、そのまま倒れこむように側溝にまたがった。

「――――――――!!」
  ブジュルーーーーーーーーーーーーーッ!!
  ブリィィィィィィブビブビブビブビッ!!
  ビチブジュブリュリュリュリュッ!! ブバブボッ!!
  ブリビチブビチャァァァァァァッ!! ブリブリブリブリブリッ!!

 …………。
 百合の排便。
 普段から排泄の量が異常に多い彼女が、腹を下して腸の内容物をすべて吐き出そうというのである。
 その光景はすさまじいものになった。

 まず信じられないことに、一杯に開いた彼女のおしりの穴から、直径3センチを超える極太の軟便が側溝に叩きつけられていくのである。
 水分を失った硬質の便ならともかく、軟便や下痢便はその形状が細くなることがほとんどである。変形に対する抵抗が少ないため、肛門の締め付けをすり抜けるように細い隙間から飛び出していくのが常のはずだ。
 それが、あまりに大量のものが直腸に押し寄せているために、軟便が駆け下るときに横方向に及ぼす力が、肛門が閉じようとする力を上回ってしまうのである。その結果、ほとんど細く絞られることなしに、軟便が開ききった肛門から極太の水流として流れ落ちるというありえない光景が生まれているのだった。

「んっ……んうっ………ふぅぅぅっ…………」
  ブジュビビビビビビッ!!
  ブリブリブリブリィィィィィィィィッ!! ビチッ!!
  ブリュブボブボッ!! ブリュルルルルッ!!
  ブリビチブバブビビジュルルルルルルーーーーーーーッ!!
 しかもその極太の軟便が、数秒にわたって続くのである。
 他の女の子……たとえばひかりなどでも、限界まで下痢便を我慢しての放出の瞬間、というのはこういった極太の水流というのが一瞬現れることがある。事は圧力の問題だから、限界近い力がかかれば肛門が全開になって大量の軟便液便が迸ることは誰にでも起こり得る。にしても通常は一瞬だけで、1秒と立たずに肛門がすぼまり、細切れの水流や軟便と化するはずであった。
 ところが……百合の腸内には桁が違うほどの量の便が蓄えられているため、直腸から肛門を経て排出されるそのわずかな間に、腸の奥から同じだけの勢いですぐさま軟便が充填されるのである。
 それが、何十秒にも及ぶ極太軟便の発生原因であった。

  グギュルルルルッ……ゴロロロロロッ……!!
「くぅ…………っ…………」
  ブジュビィィィィィッ!! ブリピッ!!
  ブビチャァァァァァッ!! ビチビチビチッ!!
  ブリブジュルルルルルルッ!! ビチャブピピピピピッ!!
  ブチュビチャブビィィィィィィィッ!! ビバブリュルルルルルルッ!!!

 百合のおしりから奏でられる音が変化する。
 便質が変わりつつあるのだ。通常の軟便から下痢による液状便へと、徐々に水分が増していく。
 変わらないのは排泄の勢い。側溝の深さは30cmほどあるが、すでに積み重なった軟便がこんもりと山を作っていた。飛び散った飛沫を除いても、直径20cm、高さ10cmの円錐形である。形状で言ってもピンと来ないかもしれないが、体積にして約1リットル、重さにして約1キロである。普通の女の子だったら、1週間の間に排泄する量の合計がこの程度だ。それをわずか数十秒の排泄で出し、さらにその上に新たな液状の汚物を降り注がせているのである。

「はぁ…っ………………う、うぷっ……!」
 苦しげにおなかを押さえていた手で、口元を押さえる。
 百合は荒く息をつく間に、排泄物から立ち上るにおいをもろに吸い込んでしまっていた。激臭、悪臭、異臭……どんな言葉を使えば良いかわからないが、とにかくとんでもないにおいだった。塩酸の酸性臭、アンモニアの刺激臭、さらに硫黄の腐卵臭を混ぜ合わせて濃縮すればこのにおいになるだろうか。それほど形容しがたい、とんでもないにおいだった。実際にこれらの物質を混ぜたら中和が発生するが、下痢便のにおいに中和の文字はない。出した分だけ強烈になっていくのである。

「うぐ…………んーーーっ…………」
  ブピュルルルルルルーーーーッ!!!
  ビチビチビチビィッ!! ブピピピピピッ!!
  ビジュルブリィィーーーーーッ!! ビチャビチャビチャッ!!
  ブジュブジュブジュブピッ!! ビリュリュリュリューーーーーッ!!

 悪臭の元がまた、滝のように肛門から吐き出される。出しても出しても、おなかの痛みは少しも楽にならなかった。さらに、大量の便を常時通過させている肛門もに内側からかかる圧力も、少しも和らがない。

  ブピュルルルルッ!! ビチビチッ!!
  ブリュビィィィッ!! ジュルブバビチチチッ!!
(お願い……早く、早く終わって…………)
 腸の痛み、肛門の痛み、それに悪臭と排泄音。あらゆる苦痛に意識が閉ざされそうになるが、何もかも忘れて排泄に専念するわけにはいかない。今百合がしゃがみ込んでいる場所は紛れもなく、朝日差す野外なのだ。学校の敷地内ということもあって通行人に見られる危険はないが、合宿所から誰か出てくれば、そのにおいと音ですぐに発見されてしまう場所であった。
 万が一隆にこの姿を見られたりしたら、それこそ一巻の終わりだ。せっかくおもらしという代償を払ってここまでたどり着いたのに、この大量排泄の姿を見られてはそれ以上の恥辱である。

「あ…………あああっ…………」
 おもらし。
 その言葉と同時に、その痕跡を残したまま脱ぎ捨てたブルマの存在が思い出される。
 彼女が想像していた通りの惨状が、そこに展開されていた。

 もともとは真っ白だったショーツだが、肛門の直下にあった部分は米粒ほどの白さも残っていなかった。両端まですべて軟便に埋め尽くされていたのである。それも、ペースト状に押し塗られた便の上を、さらに軟らかい便が流動性を持ってコーティングしている。その「上塗り」の便は、脱ぐ時の摩擦でブルマの紺色の部分までをも侵食していた。後方は広く薄くではあるが、背骨の近くにまで達していたはずだ。
 さらに、その汚れの中心から離れた部分にも、紺色の中に所々黄土色の点が浮かんでいる。流動性の高い便を一度に大量に放出したがために、ブルマの弾力で押し戻され、ショーツの中から勢いよく周囲に飛び散った飛沫である。とはいえ、きっちりブルマがおしりに密着していればこれらの飛散はごく狭い範囲で済むはずであり、盛り上がって隙間を作るほどにブルマの生地を膨らませていたことがこのことからもわかる。
 クロッチ部分にかすかに浮かんだおしっこの染みがかわいく見えるほどの、すさまじいおもらしの結末だった。このショーツもブルマも、おそらく二度と履くことはままならないだろう……。


「んぐ…………うくぅ………うぁ………………っ!!」
  ビチビチビチビシャァァァァァァーーーッ!!
  ブリビチブポビュルッ!! ブビビビビビビッ!!
  ジュルブパッ!! ビチャァァァァッ!!
  ブボブリュビチビチビチビチッ!! ジュビュルーーーーーーッ!!

 下痢便が流れ続けている。
 あれほどの量のおもらしが前哨戦にもならないのだから、百合のおなかの中にはどれだけの便が蓄えられているのか。
 降り注ぐ便はほぼ液体状となり、積もった軟便の山が自然に崩れていくより早く、落着の勢いでその中央部を吹き飛ばしつつあった。液状便は軟便の山のふもとを越えて広がっているが、傾斜がない上に干上がっていた側溝はその液状便を百合の足元から流し去ってはくれない。
 百合の排泄物はその足元にとどまり、少女の恥辱を余すところなく自己主張しているのである。

「くっ、うぅっ…………はあ……っ!!」
  ビュルーーー……ビブッ!! ブジュブボボボボッ!!
  ビチャビチャビチャビチャビィィィィッ!!
  ブリビチッ!! ブピピピピピッ!! ビチャッ!!
  ジュブブブブッ!! ブリリリビチビチッ!! ビジューーーーッ!!
 やがて、百合の排泄に変化が生まれ始めた。水便の放出が途切れがちになり、その度に空気が肛門で弾けるのである。その瞬間、液状便も肛門のところで花火のように弾け、すでに目一杯広がっている液便の海に黄土色の雨となって降り注ぐ。

  ブビビビビビビビッ!! ブジュブジュブジュッ!!
  ビシャシャシャブリビビビッ!! ブィーーーーッ!!
  ビジュルブリュリュリュビブッ!! ブパァァァァッ!!
(いや…………早く……早く…………)
 液体と気体が混ざって弾ける噴出は、当然最高級に醜い爆音を奏でる。大便の量、質、においに加え、音の面でも百合は最大級の恥ずかしさを味わうことになったのである。
 しかも、おしりをすぼめて排泄音をコントロールしようとしても、まだ大量に残っている便の圧力に負けて肛門が開いてしまう。そもそも、腸の動きがもたらすおなかの激痛のせいで、身体に力をかけることすらままならないのだ。倒れないようにするだけで精一杯だった。

  ブジュビチビチビチッ!!
  ビリュブピピピッ!! ブボボボボッ!!
  ブシャビチャァァァァァァァッ!! ビビビッ!!
  ブピブピブピブッ!! ブジュルルルルルーーーーーッ!!
  ブリビチッ!! ビッ!! ビジュバシャーーーーーーーーッ!!
「はぁっ…………はぁ……っ……」
 広がる黄土色の海。
 すでに両端は側溝の壁にまで達して、波のごとく壁面に打ち付けていた。その分前後に広がっている。側溝の幅の倍を通り越して、1メートル以上にわたって黄土色の液面を作り上げていた。そしてなお、生き物のようにじわじわとその汚れの範囲を広げている。その汚れの中心部には、断続的になりつつあるもののまとまった量の液状便が、後から後から降り注いでいた。

  ブビュルルルルッ!!
  ビチビチビチブリッ!! ブピピピピッ!!
  ビブシャァァァァーーーーーッ!! ビチャビチャッ!!
  ビィィィィーーーーーッ!! ビチャビチャビチャビチャッ!!
「うぅっ…………えぐ……っ…………すっ……」
 あまりの苦しみに嗚咽が漏れる。涙が出そうなつらさだったが、目じりに浮かべるべき水分は、液状便製造器官と化した腸にすべて奪われていた。身体中の水分を搾り取られるかのような下痢便排泄。腸がちぎれるような痛み、肛門が焼けるような熱さを何回何十回感じても、狂ったような便意が治まらない。
  ビチビチビチビッ!!
  ブビチャァッ!! ジュバババババッ!!
  ビチャブリリリリリッ!! ビジュジュジュッ!!
  ブビッ!! ブビブリュビチチチチチッ!! ビジュルッ!!
「はぁ………はぁ……………んぅ…………うぁぁっ…………」
 両手でおなかを抱え込み、苦痛に満ちた排泄を続ける百合。
 足元の汚物溜まりは果てしなく広がっていく。
 先端から後端までの長さは、百合自身の身長をも越えてしまっている。地面に叩きつけられた液状便が飛び散る先も、また液状便の海の中。その際に跳ね上がる飛沫と、おしりの穴で空気とともに弾けたしずくで、百合のまたがる真下の壁面は一面まんべんなく黄土色の液滴が付着していた。

 おしりを出しての排泄の開始から5分。この勢いなら、通常なら秒単位の時間で排泄が完結していることだろう。しかしまだ、百合のおしりからの水流は衰えを見せなかった。

(お願い…………はやく……終わって…………)
  ビュルルルルルルッ!! ビチビチ!!
  ジュビブリュゥーーーーーッ!! ジュププププッ!!
  ビチャビチャビィィィッ!! ブバシャーーーーーーーッ!!
  ドポドポベチャッ!! ジュルビヂヂヂッ!!
  ブベチャッ!! ビシャーーーーーーーーーーーッ!!
  ビィーーーーーーーーー……ブビッ!! ブリブビッ!!
  ブリリリリリリリッ!! ブジュルルルルッ!!! ブパビチビチビチビチッ!!
  ジャァァァァァァァビチャビチャッ!! ビビビッ!! ブリィィィィィィィーーーーーッ!!

 ……百合のささやかな願いが叶ったのは、それからまた3分の後だった。


「はっ……はぁっ…………は……うぅっ……」

  ピチャッ………ピチャピチャッ…………

 おしりの穴から、液状便の残滓が垂れる。
 見下ろすと、側溝の壁に阻まれているとはいえ、前後にこれでもかと広がった液便。ペットボトル1本ではとても足りない量である。それに加え、今は崩れているが最初に排泄した軟便の山、さらにはブルマの中のおもらし。
 気の遠くなるような量の便が、百合の身体の中から生み出されたのである。中学2年、いや小学校6年の平均にも満たない小柄な体格の彼女が、この汚物地獄をたった一人で作り上げてしまったのだ。

「はぁ…………あ……かはっ………っ……!!」
 息が上がり、呼吸もままならない。目の前がくらくらして視界がぼやける。
 百合の身体は、まぎれもない脱水症状を起こしていた。これだけの液体を一度に体外に排出した以上、体内の水分は著しく不足していた。
 一般に、体重の5\%以上の水分が失われると意識が朦朧とし始め、脱水が10\%を超えると生命の危険があるという。小柄な百合の体重は40kgにも満たない。そして彼女の足元に広がる汚物の量は、どう少なく見積もっても3kgは下らない。そして極めて流動性の高い液状便は、その99\%までが水分からなっていた。
 わずか10分の間に、致死量に及ぼうかという水分を失った百合の身体は、いつその自由を失ってもおかしくない状態だった。

「あぁ…………」
 足元に広がる惨状を見て、今度は精神的衝撃で失神しそうになる。だが、百合はこのまま倒れるわけにはいかなかった。
(…………後始末……しなきゃ……先輩に……見つかっちゃう……)
 排泄の途中、苦痛の中にもまとまった思考ができる間に、百合は後始末の方法を考えていた。紙を持ってくる余裕がなかった彼女に残されたおしりを拭く手段は、すでに布切れにしかならないショーツとブルマ。それでおもらしに汚れたおしりを拭く。
 側溝の中に溜まった排泄物は、水で流す。合宿所の裏手に水道があり、バケツが置いてある。それに水を一杯に汲んできて流せば、水分の多い軟便や下痢便を下水の中へ追いやることができるはずだ。

「はぁ…………」
 途切れそうな体力と精神力を振り絞り、百合は汚れきったブルマに手を伸ばした。中のショーツを分離すれば、表面全体は拭く道具として使える。

(やらなきゃ…………)
 百合の新たなる戦いが、絶望的な苦しみの中で始まっていた。


 時は、少し戻る。
 もう一人の女子マネージャーである美典。
 彼女もまた、食中毒の運命から逃れることはできなかった。

「美典! 大丈夫か、美典っ!!」
 隆が女子用の部屋を開けると同時に叫ぶ。
 トイレから駆け出した百合を追うことはできなかった。助けてやりたいとは思ったが、あの様子では程なく我慢が限界に達することは間違いなかった。その場に自分がいることが、百合にとって幸せなのか……それを考えると、足を合宿所の外に向けることはできなかった。
 代わりにというわけではないが、美典の様子を見にいくことにした。美典なら幼い頃から排泄の場面に遭遇したことも少なくないから、そう言う意味での遠慮は要らない。美典が無事なら、代わりに百合のことを任せようという意図もあった。


「…………!?」
 だが、部屋に踏み込んだ瞬間、隆の期待は裏切られた。もっとも、深層意識で望んでいた期待は叶ったのかもしれないが……。
 隆にすべてを悟らせたのは、布団をはいだまま横向きになって倒れている美典の姿……そして、部屋の中に漂っている便臭。さらに、彼女のおしりの下に広がっている茶色の世界地図だった。

「たか……ちゃん…………わたし……ごめん………………」
 薄く目を開けた美典が、苦しげにつぶやいた。

 ――彼女が便意に気付いて目覚めたのは、百合よりもわずかに遅かった。緊張のゆえに寝付けなかった百合と異なり、一回り深い眠りに入っていたゆえの差である。
 そのわずかの差が、布団に横たわってのおもらしという結果を生んでしまったのである。

 百合が出て行った直後、覚醒しつつある意識におなかの痛みを感じ始めた美典は、トイレに行くために立ち上がろうとしたのである。
 この時、脳が感じ取ってはいなかったが、肛門のすぐ手前まで下痢便が迫っていたのである。
 その状態で立ち上がろうと足腰に力を入れた。
 ……結果は明らかだった。

  ブリ………ブジュジュジュジュッ!!
「え…………!?」
 わずかな固形便に続いて、液状便が噴出した。

 その事実を把握するまでに、数秒の時間がかかった。

(そんな…………!?)
 なす術もなかった。
 おもらしという現実。それを認識するだけで、目覚めたばかりの心が暗闇に閉ざされていく。

 だが、それだけでは終わらなかった。

「っ……!!」
  ブジュッ!! ビュルルルッ!!
  ビジュルルルルブジュッ!!
 一度出始めてしまった便は止まってくれない。
 もともと腸内に便がさほど溜まっていなかった美典は、そのために下痢の影響をもろに受けた液状便をすぐに吐き出し始めてしまった。あっという間に下着に染み込み、履いていたブルマに染み込み……布団にまで染み出した。

 その結果が……現在のこの惨状だった。

  ビュルッ!! ブジュッ!!
  ジュルブバッ!!
「…………くっ……」
 目の前で苦しんでいる美典の姿に、隆は目を伏せるしかなかった。

 しかし、それだけでは終われない。美典は今もなお便意に苦しんでいる。

「美典……歩けるか?」
「……………っ…………」
 小さく首を振る。
 訊くまでもなく、彼女は動けそうな状況にはなかった。

「………………わかった。少しだけ我慢しろよ、美典」
 隆は決意を秘めた表情で、彼女に歩み寄った。


「うぅ……たかちゃん…………ごめん……ごめんね…………」
「気にすんなって。……ほら、着いたぞ」
 隆は、美典を背負って歩いていた。
 目指す先は、浴場。ただでさえトイレは満員の状態なのだから、美典が安全に排泄できる場所はここしかなかった。

  ブピッ!! ブチャブチャッ!!
  ジュピッ!! ビュルブピュルルルッ!!
 もちろん、その間にも美典のおしりからは液状便が吐き出されつづけている。もはや水分を一杯に吸収したショーツとブルマは、極薄の透過膜の役割しか果たさない。百合に比べればやわらかみのあるおしりの二つの球頂から、ぽたぽたと茶色のしずくが床にこぼれていく。

「……よし、後は一人で大丈夫だよな?」
「うん…………ごめんね…………」
 美典を背中から下ろす。包容力のあるはずのその姿が、今はこの上なく小さく見えた。
 美典は力なくうなずくと、足を小さく開き、ブルマに手をかける。

「たかちゃん、ありが…………んうっ!!」

  ビチビチビチビチビチビチビチッ!!

「あ…………」
 ものすごい音。
 扉を閉めようとしていた隆は、反射的に振り返ってしまった。
 その目に映ったのは、茶色の液体にまみれたおしりから風呂のタイルに吐き出される、完全に液状化した茶色の汚物。
 洗面器をおしりにあてがう余裕もなかったのだ。

「く…………んっ…………うんっ…………」

  ジュブビチビチッ!! ブリュビッ!!
  ビチャビチャビチャブチュッ!! ブピュルーーーーーッ!!
  ビジャァァァッ!! ビシャビシャビィィィッ!!

 液状便はあっという間に広がり、タイルを踏みしめる両足を浸す。
 風呂場の中には、あっという間に美典の排泄物のにおいが充満していた。下痢特有の刺激臭である。

「………………」
 隆は、無力感を感じながら風呂場のドアを閉めた。
 苦しむ美典にしてあげられたのは、汚してもかまわない場所に連れてくることだけ。ちゃんとしたトイレに入れてやることもできなかった。

「はぁ…………うくっ…………」
  ビチャビチャビチャビチャァァァッ!!
  ブリビチャビチャッ!! ブジュジュジュジュジュビィッ!!
 美典のおしりからほとばしる液状便。
 液状、といってもやや高い粘性を含んでいる。そのため、タイルの表面で張力がはたらき、茶色の水玉がいくつも飛び散っていた。

「んぅ………はぁぁぁっ……………くう……ん…………」
  ビジュビジュビジュッ!!
  ブビュルルルルルルルルッ!!
  ブピビチャビチビチビチビチッ!! ブピィィィィッ!!
  ブリュビチビチャァァァァァァッ!! ブリリリリリリリビィィィィィッ!!
 美典の排便の量も、普段に比べて異常に多い。駆け下った腸内の汚物が、すべて吐き出されているのである。
 彼女の両足だけでなく、脱ぎ捨てたブルマまでが下痢便の海に飲み込まれる。
 もっとも、その布地はすでに飽和するほどに水分を吸収しきっていたのだが………。


「くっ…………」
 無力感に苛まれる隆。
 目の前で女の子二人が苦しんでいるのに、何も力になれなかった。

「先輩…………」
 藤倉学が駆け寄ってくる。男子にも食中毒症状を呈しているものが多い中、この二人だけが体調を崩していなかった。だが今は、それすらも申し訳なく思える。自分も体調を崩していれば、気休めと言うか言い訳にくらいはなっただろうに。

「先輩……先生に報告してきました。養護の野澤先生と校医の先生を呼んでくれるらしいです。もし症状が重い人がいたら救急車を呼べ、という話でしたけど……」
「美典がちょっとひどい状態かもしれない。男子はそんなにひどい症状のやつはいないと思うけど…………」

(…………澄沢は…………?)
 トイレから駆け出していった姿が思い浮かぶ。
 震えていた身体、青ざめていた表情、悲鳴のような声…………どれも尋常の状態とは思えなかった。恥ずかしがっていただけならばいいが……。

(いや、澄沢が飛び出してってから、美典の様子を見に行って、風呂まで連れてって……何分経ってる……?)
 10分ではとてもきかない。四捨五入すれば20分になるほどの時間が経過している。
 おもらしなどして、後始末に時間がかかっているならまだ考えられるが、そうでなかったら……・。

(もしかして、美典みたいに歩けなくなって…………!?)
 最悪の想像が頭をよぎる。

「藤倉、ここで待ってろ!」
「せ、先輩……どこへ?」
「…………救急車呼ぶことになるかもしれない。ここで待ってろ!!」
 重ねて叫ぶと同時に、隆は合宿所の外へ駆け出した。

 百合の足取りをつかむのは簡単だった。

 彼女が排泄した汚物のにおいが、合宿所のすぐ外にまで漂っていたからである。


「はぁっ…………はぁっ…………」
 百合は今にも倒れそうな不安定な歩き方で、自分の排泄現場へと向かっていた。
 手に持ったバケツ。一杯に溜めた水をこぼしながら歩いてきたにもかかわらず、鉛のように重い。
 かろうじて水道で水を口から流し込んだのが幸いして、気力だけは戻ってきた。手ですくって飲もうとしてもむせて吐き出してしまうため、蛇口を直に口に当てて流し込んだのである。当然着ていた服までびしょぬれで、ほとんどないふくらみを覆う下着がくっきりと浮かび上がっている。
 いや、下着が透けるなど些細な問題だった。彼女の下半身は一糸まとわぬ姿なのである。ブルマもショーツもすでに履ける状態ではなかった上に、後始末でおしりを拭いたため、余すところないほどに下痢便にまみれてしまったのである。上半身にまとっているシャツの裾がかろうじて拭いたばかりの秘部を隠してくれているが、歩く時の振動で揺れ動き、見せてはならないはずの部分を時おりのぞかせてしまっている。もっとも、百合にはそんなことを気にする余裕はなかった。

 今はただ、自らが排泄してしまった大量の下痢便を、誰にも見られずに始末することだけを考えていた。

(あと……少し…………)
 数分前まで鼻腔を満たしていた悪臭が、再びよみがえっている。この上ない不快な感覚ではあるが、目的地に近づいているということが何よりもはっきりとわかる。

  ピュルッ……!!
「あ………………」
 おしりに熱い感覚。
 液状の便が、なきに等しい肛門の抵抗を打ち破ってチョロチョロと流れ出したのである。百合の精神は、もはや便意を伝えることすら放棄していた。

(うぅ………これを……これさえ流せば…………)
 この程度のおもらしを気にしている場合ではない。
 バケツをぎゅっと握り締める。
 あと少しだ。

 ぐっと顔を上げた百合の瞳に、人影が映った。

「――――!!」


 ――普段なら、その姿を見るだけで嬉しくなる人だった。
 ――自分のことを見てくれるだけで嬉しくなる人だった。

 ――でも、今この時だけは、一番この場所にいてほしくない人だった。


 その表情は凍り付いているに違いない。
 彼の目の前には、およそ人が出したものとは思えない大量の下痢便があるのだから。
 その心も凍り付いているに違いない。
 彼の思考回路は、その下痢便を出したのが誰かをわけもなく導き出しているはずなのだから。

 以前、水泳の授業のときに便意を催し、トイレに駆け込む姿を見られたとき、見なかったことにしてくれた心遣い。百合はその心遣いが何よりも嬉しかった。
 その親切に答える手段は、二度とこのような失態を見せないということしかなかったはずなのに……よりによって、百合はその心遣いを、最低の形で裏切ってしまった。

(私…………もう……もう…………おしまいだ…………!!)
 もはや言い逃れはできない。
 隆には軽蔑され、一生口も聞いてもらえないだろう。

 合宿が始まる前は、隆に喜んでもらおうという一念で、誰よりも張り切っていた。美味しい料理を作って、女の子として一人前だと認めてもらうんだと。
 よりによってその料理で、食中毒という最悪の結果を招いてしまった。百合がこの場所に下痢便を撒き散らしたのも、紛れもなく自分自身の責任なのだった。

 こんな結果になるなんて、夢にも思わなかった。
 いや、この現実が夢で終わってくれるのなら何でもする。悪魔にでも魂を売ると、百合は思った。ついさっき、トイレに向かう途中で思ったことを、もう一度心の中で繰り返した。
 だが……もうそんな希望を持つ事はできなかった。
 これは現実なんだと。
 何をしても、取り返すことはできないのだと。


「澄沢――――」

 振り返る隆。
 傷つけるつもりはなかった。
 どうすればなぐさめることができるか、その言葉を必死に考えていた。

 だが……その言葉は、声にならない悲鳴にかき消された。

「いやぁぁ――――――――――っ!!!」

 ぎゅっと閉じられた目から…………涙が一筋こぼれた。
 すべて下痢便の形で出し尽くしたと思った水分が、一滴だけ残っていたのだ。

 振り返った隆の顔を見ることは、百合にはできなかった。
 彼女にできるのは、すべてからの逃避。
 せめて心を閉ざすことができれば――。
 その思いが通じたのかもしれない。

「…………」
 百合の小さな身体は、ふっと力を失った。

  バシャッ…………

 手に持っていたバケツが乾いた土の上に転がり、水音を立てる。

 その音で隆は我に帰った。

 スローモーションの世界の中。
 百合の身体が、ゆっくりと地面に崩れていく。
 下半身をわずかにおおうシャツが、風圧でめくれ上がる。
 隠されていたふとももには、くっきりと浮かぶ黄土色の水痕…………。

「澄沢っ!!」
 隆は目にも止まらぬ速さで、百合の前にすべり込み、その身体を支えた。
 あまりにも軽いその重さを感じるより先に、隆は力の限り叫んだ。


「…………藤倉っ!! 救急車だっ!!!」




 ――けやき野市は27日、同市立桜ヶ丘中学校で行われた野球部の合宿に参加した生徒14人が下痢や腹痛などの食中毒症状を訴えたと発表した。うち女子1名が入院し、病院での検便によりこの生徒からウェルシュ菌が検出された。現在は軽症者も含め全員が回復している。
 合宿は15日昼から行われ、共通する食材が夕食のカレーのみであることから、保健所はこのカレーが食中毒の原因であると断定した。
 ウェルシュ菌は嫌気性で耐熱性が強く、長時間の加熱でも生き残ることから、給食などの大量調理での食中毒の原因となりやすく、保健所は手洗いの励行や作り置きの回避を呼びかけている。


あとがき

 1周年記念ということで、やっぱり食中毒を扱ってしまいました。今回女子は二人だけですが、同時に複数の女子がひどい下痢に襲われるという姿は何ともいえない魅力があります。
 今回は百合の大量排泄を描くのが主題でした。「極太軟便」という言葉がつい浮かんでしまったので、これをどう描写するかを考えるのが大変でしたね。逆に美典については描写が薄く、ネタとしては「茶色の世界地図」くらいしかありませんが、風呂場での排泄と言うのも結構萌える場面ですのでお楽しみいただければと思います。

 今回はぜひひかりがカレーを嫌いというネタを出したかったので、カレーでも起こる食中毒ということでウェルシュ菌というのを使いました。重症になることは少ないそうですが、まあ百合はもともと胃腸が強くないですし、彼女が本気で下痢をすればこのくらいの量は出るだろうということで好き勝手に書いてしまいました。

 絶望に包まれたままの百合ですが、とりあえず回復したという新聞記事だけお見せしておきました。この新聞記事が載る日までには野球部の大会があるので、それを通じて百合が立ち直ることができるのか、病院での後日談も含めて描いていければと思います。
 一周年を迎えたつぼみシリーズ……なかなか進まず一周年を迎えてしまったと言う面もあるのですが、これからも変わらず応援していただければ、と思います。これからもよろしくお願いします。

 ささやかながら次回予告を。

 野球部の食中毒事件が生徒達の噂になり、教師の責任問題にもなる中、桜ヶ丘中学校にはもう一つの問題が持ち上がっていた。
 期末試験でのカンニング疑惑である。
 その渦中にあるのは、早坂ひかりと弓塚潤奈。試験中ほぼ同時刻に教室から出たことがその疑惑の原因となっていた。
 下痢をしてトイレに行っていた――。あまりに恥ずかしい事実を告白してもなお、晴れることのない疑い。その疑いを一言で消し去ってくれたのは、二人にとって偉大な先輩である白宮純子。そして彼女の口からは、さらに驚くべき告白がなされることになる。
 ……この日、後の桜ヶ丘中学校を大きく変えることになる、新たなる絆が生まれた。

 つぼみたちの輝き Story.17「純白同盟」。
 自分との戦いを支えてくれる人がいる――それは何よりも強い絆だった。


戻る