つぼみたちの輝き Story.10

「未来と過去の記憶」


淡倉 美典(あわくら みのり)
14歳 桜ヶ丘中学校3年4組
身長:152cm 体重:48kg 3サイズ:83-53-85

 隆の幼なじみ。
 不幸な出来事に巻き込まれやすい。



 桜ヶ丘中学校の生徒たちを乗せたバスが、京都の街の中を走っていた。
「えっと……し、白宮さん……明日……」
「え……っ……?」

 早坂隆は、意を決して隣に座る白宮純子に話し掛けた。
 翌日の自由行動で、純子と一緒に回ろうと、その言葉を伝えようとしたのである。
「あ、え、その…………」
 純子はうつむいたまま、顔を真っ赤にする。

 好きな男子と自由行動、ということが、純粋に嬉しすぎて恥ずかしくもあったのは、紛れもない事実だ。
 だが、純子の言葉を詰まらせた最大の原因は、別のところにあった。

(お……お手洗いに行かないと……大きい方が……)
 バスの中。
 隆の隣の席。
 最悪の状況で訪れた便意だった。

 排泄のタイミングをほとんど制御できない純子にとって、いつ便意をもよおすかは重大事である。
 修学旅行の前ということで、できるなら家で出せるものは出してしまおうと朝早くからトイレでがんばっていたが、もともと締まりきらない括約筋をただ広げるだけに終わってしまった。
 そのため、行きの新幹線の中でも、全体行動で奈良公園と法隆寺を回った時でも、トイレのことが気になって仕方なかった。だが、そうして気にしている時には訪れなかった便意が、ふっと気を抜いたこの瞬間に襲ってくるとは……。純子は、その運命を呪わずにはいられなかった。


「……あ、その……もう約束があるんだったら、いいんだけど……」
 答えを返さない純子を前に、隆は照れ隠しにそうつぶやく。……本心は全く別にして。
「そ、その……っ!」
(……あっ……だめっ……)
 両目をぎゅっと閉じ、苦悶の表情。
 力の入らないおしりの穴に、できる限りの意識を集中する。
(早坂くんの隣で……おもらしなんてできないっ……)
 今にも屈しそうな身体を、強い意思の力でつなぎとめる。乙女としてのプライドだけが、純子を支えていた。
「…………っ……」

「ぁ……」
 その辛そうな表情に、隆は思わず言葉を失ってしまった。

「ぅっ……」
 何度目かの便意の波。
 純子の便意は、もはや精神力だけではどうにもならないところまで来ていた。
 いや……もはや便意と呼ぶことすらできないかもしれない。肛門は閉じる力を失い、その中からは排泄物の先端がすでに飛び出していた。
 隆から見えない側の手をスカートの下に差し込み、布越しに押さえつけることで、かろうじて完全なおもらしを免れている状態である。

「はい、到着です。こちらが、2日間みなさんの家となる旅館です。お部屋に帰って、ゆっくり休んでくださいね」
 バスガイドが、乗客である生徒達に声をかける。
 ほどなく、バスはその動きを完全に停止した。


(どうしよう……)
 純子は絶体絶命の危機に瀕していた。
 お尻から手を離せば、すぐにでもショーツの中にかなりの量の大便が漏れてしまうことだろう。
 だが、手で押さえたまま席を立って、その姿を隆やクラスのみんなにさらしてしまうことになったら……。

(こうするしかない……)
 純子は、そっと腰を浮かせた。
 このような事態は、初めてではない。
 普段の教室で……林間学校で……何度もくぐり抜けてきた道なのだ。

  ザッ……
 立ち上がる。
 と同時に、お尻から手を離す。
 当然……その瞬間、せき止められていた排泄が即座に開始される。
 だが……それより早く、純子はバスの外へ向かって歩き出した。歩く……とは言っても、ほとんど走るのに近い速さである。競歩の競技にでも出られそうなスピードだ。トイレに急いでいるのではない、という主張をするための芝居だった。

(早坂くん……ごめんなさいっ……あとで必ず……)
 心の中で隆にわびる。
 だが、その思考も、圧倒的な感覚的刺激の前にかき消されていった。

  ムリュリュリュリュリュリュッ……。
(……っ!!)
 決して太くはないが、形を保ったものが肛門を駆け抜けていく熱い感覚…。
 そして、わずかな間もおかず襲ってくる、おしりの皮膚への生温かい粘着感。
 何回、何十回、何百回繰り返しても決して慣れることのない、大便のおもらしの感覚だった。

 だが、足を止めるわけにはいかない。
 事ここに至った以上、一箇所にとどまることはその臭いがまき散らされ、おもらしが発覚するという最悪の事態に直結するのだ。
「く……っ……」
 純子は、ショーツの中の形容しがたい感覚が、振動によってさらに増幅されるのにも耐え、誰よりも先にバスを駆け下りた。


 幸いなことに、修学旅行の宿に着いたという高揚感からか、純子の姿に疑いを抱く者はいなかった。
 ただ一人、隣の席でその落ち着きのない姿を目の当たりにしていた早坂隆を除いて……。


(白宮さんが……もしかして……我慢して……?)
 確証はない。だが、今の純子の表情は、ひかりがトイレを我慢する時に見せるそれと酷似していた。
(白宮さんが……まさか……)
 禁断の想像が脳裏に浮かびかけて、慌ててそれを打ち消す。
 もちろん、完璧な美少女である白宮純子は排泄行為をしない、などと思っているわけではない。級友の中には本気でそう信じている者もいるかもしれないが、そう思うには隆は女の子の排泄行為について敏感すぎた。
 自分の幻想が崩れるから想像を止めたのではなく、そんなことを考える自分が許せなかったからその考えを振り払ったのである。

「…………」
 ふと、空席となった隣の座席が目に入る。
 さっきまで白宮さんが座っていた席。
 白宮さんのおしりがこの席に密着して。
 もしかしたら……こっそり手を差し込んで服の上から押さえて我慢を……。
(だ、ダメだ、そんなこと考えちゃ……!!)
 頭を抱える隆。
 そのまま頭を左右にぶんぶんと振り、浮かんだ邪心を振り払う。

「……どうしたんだよ、早坂?」
 頭を抱えていた手が、何者かによってがしっとつかまれる。

「白宮サンに変なことでも言って愛想尽かされたのか、うん?」
 馴れ馴れしい態度、そして、無神経とも思える一言。
 だが、今の隆にとっては、止められない思考を止めてくれる、天の助けだった。

「そ、そんなことないって!!」
 言い放って顔を向けた先には、見慣れた顔があった。
「悩みがあったら、この弓塚江介君になんでも相談したまえ」
 そう大見得を切った男子……弓塚江介の顔がそこにあった。
 この年代にはもっともポピュラーな、短めのスポーツ刈りで揃えられた頭髪に、銀縁の丸眼鏡に覆われた目元。外見だけを見たらさほど印象に残る顔つきではないが、明るく話し掛けてくるその態度と、言葉の節々に見え隠れする「普通でない」印象はそう簡単には消えるものではない。
 仲間と一緒になって遊ぶというよりはストイックに何かに打ち込むタイプの隆には、極端に仲のいい友人というのはいなかったが、そんな態度が面白いのか、江介は他の生徒以上に隆のことをからかってネタにしてくる。とはいえ、本人の性格もあってか、悪意は全く感じられないため、隆も閉口しながらも相づちを打つことが多い。
「べ、別にそんなわけじゃないって……」
「ほー、うまくいってるのか。そしたらもう、明日の約束とかしてあったりするのかな早坂君?」
 たたみ掛けるような言葉。
「い、いやその、そ……そんなこと関係ないだろ」
「しかし修学旅行といったらやっぱり、好きな娘と二人っきりで自由行動と、夜中の意中の人教え合い大会と、浮かれて勢い余っての告白ってのは外せない三大イベントだろ?」
「な、なんなんだよイベントって……」

 ……他愛もない会話が繰り広げられていく。
 隆にとっては気が気ではなかったが、江介には軽口以上のものではない。切迫感のかけらもない会話は、先生にバスを降りろと急かされるまで続いていた。



  ニュルッ……ニュチュチュチュ……。
(うぅっ……気持ち悪い……)
 足を動かすたびに、下着の中で揺れ動き、不快な粘着感を発生させる排泄物。臭いも、歩いて移動しているにもかかわらず、純子の鼻腔におぞましい刺激を与えつづけていた。しかもその臭いの発生源は、後から後から押し出されてくるのである。

「す、すみません……お、お手洗いは……?」
 出迎えてくれた旅館の仲居さんに、トイレの場所を訊く。
「あちらです」
 冗長な説明を避け、指差して手短に説明する。純子が限界に近いと見て取ったのだろう。……もっとも、彼女は限界に近いどころではなく、限界を通り過ぎた後だったのだが……。
「あちらの角曲がりまして、奥の突き当たりにあります」
 付け加えた言葉を聞く間もなく、純子はトイレを目指して一歩を踏み出す。
 ……それより早く、彼女の横を駆け抜けた影があった。

「!!」
 頭の後ろでまとめた長い髪をなびかせて駆け抜ける、颯爽とした一陣の風。
 駆け抜けた女性が備える、整った顔立ちと均整の取れたプロポーションのためもあって、まるで映画のワンシーンに使われそうな一瞬が、純子の目の前で繰り広げられた。
 ……それが、トイレに駆け込むための全力疾走であったことは、誰も想像すらしないだろう。

(……徳山さん……?)
 駆け抜けた影は、中学生離れした美貌で男女問わずその視線を釘付けにする桜ヶ丘の「お姉さま」こと、徳山御琴であった。
(徳山さんも、お手洗いに……?)
 意外だった。
 桜ヶ丘一の美少女として称えられている純子ではあったが、自分としてはそれ以上に情けないおもらし癖という自己評価のほうが強い。それだけに、女性として完璧に近い御琴が、自分と同じようにトイレに駆け込む姿はあまり想像できなかったのである。

  ニュチュルルルル……ブリッ!!
「ひっ……!?」
 肛門を飛び出していく熱い感覚。
 他人のことを気にかけている場合ではなかった。
 限界を突破し、歯止めのかからなくなった便意は、まだまだ治まる気配すら見せていないのである。
 純子は、できる限りの早足でトイレへのわずかな道のりを走り抜けた。


 ブリュビッ!! ブリュリュッ!!
「くぅ……っ……」
 トイレのドアを開けた瞬間に襲ってきた便意。すでに勝ち目のない戦いに疲れ果てていた純子は、なすがままに排泄を重ねてしまう。


 ブボボボボブビチブリュビビブボブボブボッ!!
「……っ!?」
 思わず目を閉じたところに耳に飛び込んできた壮絶な排泄音。
 その音のもととなる光景が、頭の中に再生される。

 トイレの中でしゃがんでいる女子生徒。
 苦痛に押さえたおなかはゴロゴロと音を立て、おしりからはとめどなく下痢便があふれる。
 どの個室を見渡しても、中では別の女の子が同じ戦いを繰り広げている。
 そして個室の外では、それよりつらい我慢という戦いを強いられる少女たちが……。
 時間が経つにつれ、戦いに敗れた子達が惨めな姿をさらしていく。おなかのなかを駆け下った液状の排泄物を、ものすごい音とともに下着の中に放出し、次々と泣き崩れる……。

(ち、違うっ!!)
 次々と浮かんできた光景。
 それを否定してくれたのは、自分の肛門を通り抜ける便の感触だった。
 水分は多いかもしれないが、形は何とか保たれた細い便。それがするすると、おしりの穴を駆け抜けていく。

「…………」
 うっすらと目を開けると、4つの個室のうち一つだけ閉じられたその場所から、その大音響は響いていた。

  ブボブビビビブリュッ!! ブッブビビビビビビビッ!!
  ブリュブジュルブリィィッ!! ブチュビチブボボボボボボボッ!!

 すさまじい音。純子にはその排泄の光景を窺い知ることはできなかったが、想像には難くなかった。決して形を保っているとは言えない汚物を、大量のガスとともに吐き出しているのだろう。

(い、今のは……なに……?)
 急に目の前に浮かんできた光景の意味を考えようとして……純子はそんな余裕がないことに気づいた。

  ムリュリュリュリュリュッ……。
「くっ……」
 ともすればその音にかき消されそうな、わずかな排泄音。張本人である純子だけが、その感覚をしっかりと感じていた。
 だが、音の大小で恥ずかしさが変わるわけではない。猛烈な音を立てながらでもきちんと便器で排泄している御琴に対し、純子は誰にも気づかれなかったとしても、これ以上ないほど完璧におもらしという失態を演じてしまっているのである。
 ……その純子にできるのは、個室に飛び込むことだけだった。


  バタン……ガチャ。
  ムリュッ……。
(もう……もういや……)
 なんとか個室に駆け込んだ純子だったが、ドアを閉め鍵をかけるわずかな間にまたも新たな便が下着の中にあふれてしまう。かといって、悲しみに暮れている時間はない。純子は肩掛けの鞄を床に置き、しゃがみながらスカートの中に両手を差し入れた。

  ズルッ……
  ベチャァッ……
 粘着質の引っ掛かりを残して、真っ白……だったショーツがふとももまで下ろされる。
 中には、これでもかと詰まった真っ茶色の大便。度重なるおもらしにうねり、圧迫され、変形し、かろうじて境界を残すだけの状態でショーツに茶色い汚れを付着させていた。
 そして……それが便器に落とされる。
 その勢いでわずかにつぶれながらも、ショーツとおしりの間で圧縮されて作られた三角柱形を崩すことなく、和式便器の中央に鎮座することとなった。

「んく……っ……」
 やっと許された排泄に、純子は今までこらえにこらえていた力を、そのまま排泄を促す方向へと向ける。もとより弱弱しかった肛門の締め付けはともかく、息んで腸の奥からの力が加わったのが大きな違いであった。

  ブリリリリリブリュッ!! ムリュリュリュリュリュッ!!
  ニュルルルルルルルブチュッ!! ブリリリブリュリュリュッ!!

「くぅっ……はぁ……っ!!」
 決して少なくない量の汚物が、彼女の肛門から便器へ向けて吐き出された。
 世界に二人といないであろう美少女が、和式便器の上で必死におなかに力を入れて息んでいる。しかも、そのおしりの白い肌は、自らの大便おもらしによって茶色に汚れている……。誰がこのような光景を想像できるだろうか。

  ブビビビビビッブチャブリュリュリュビビビビビビッ!!
 反対側の個室から響くすさまじい排泄音。
 間に挟まれた2つの個室にもそれぞれ女子生徒が入った音がしていたが、その排泄の音も臭いも、この2人の排泄によって完全にかき消されていた。

  ブリュ……チュッ!!
「っふぅ……っ……」
 純子のおしりから、ごくわずかな軟便のかけらがぽとりと便器に落ちる。
 おしりにまとわりつく粘着質の不快感は別として、ひとまず便意らしい便意はなくなった。

「…………っ……」
 狂おしい便意から解放されて初めて思い知る、おもらしというこれ以上ないみじめさ。
(私……どうして……どうして、こんなことばかり……)
 自分を責めずにはいられなかった。
 ……だが、嘆いているばかりでは始まらない。
 純子は、トイレットペーパーを長く巻き取り、汚れたおしりをぬぐい始めた。



 修学旅行1日目は、学年全体が2つのグループに分かれて行動する。奈良に向かうグループと京都で自由行動のグループだ。
 両者の到着時間の違いもあって、宿に着いてから夕食までの時間は完全に自由時間となっていた。部屋でくつろぐも、別の部屋で遊ぶも、風呂に入って疲れを癒すも思いのままである。

 あまり混まないうちに、と食事前に風呂に入ることを選んだ女子は少なくない。
 だが、他の生徒と違う目的のため、部屋に荷物を置くなり風呂に直行した女子が2人いる。
 一人は……おもらしで汚れた身体を洗うために向かった白宮純子。
 もう一人は……香月叶絵だった。


(もう……もう、限界……っ……)
 重度の閉所恐怖症のため、個室で用を足すことができない叶絵にとって、未知の場所への旅行は容易ならぬ試練である。家ならドアを開け放って排泄してもいいし、学校なら安全に野外排泄できる場所を確保してあるが、旅先ではそうはいかない。
 ましてや、団体行動である。男子の目もある中で、物陰にしゃがんで排泄行為に及ぶなど、できるわけがない。しかし、大便の方はともかく、頻度の多い小便をまる3日間も我慢しきれるはずもなかった。どこかで必ず、溜まった尿意を解放しなければいけない。

 そんな彼女が解決策として考えたのが、「入浴時に排水溝におしっこをしてしまう」だった。
 もちろん褒められることでないのはわかっている。でも、それ以外に方法はなかった。

 スカーフをほどき、セーラー服の上下を脱ぐ。続いて、胸を覆うチェック柄の下着を外すと、身長のわりに小ぶりな胸があらわになる。これも彼女の悩みの種の一つではあったが、今はもっと切迫した悩みが、同じ模様の下着に包まれた下腹部から訴えられている。
 そのショーツを脱いで、タオル一枚をつかんで叶絵は脱衣所から風呂場に駆け込んだ。

(もれちゃう……っ……)
 努めて水分の摂取を控えるようにはしていたが、昼食の時にわずかに飲んだお茶が、はっきりとその利尿作用を示していた。奈良から戻ってくる特急列車の中ではもう、尿道の出口で瀬戸際の攻防が繰り広げられるほどになっていたのである。

「くぅぅ……っ!!」
 空いていた蛇口の前を占拠すると同時に、シャワーを全開にする。

 その瞬間、湯気でかすんでいた視界が、完全に真っ白になる。
 次に目の前に浮かんだ光景……それは、この同じ場所……風呂場で、洗面器をおしりにあてがい、苦しげにおなかを押さえながら、下痢便を排泄し続ける同い年くらいの少女たちの姿だった。
(なに……これ……?)
 そんなはずはない。ここは旅館の風呂場だし、そこで女の子が10人以上も、洗面器に向けて排泄行為を行うなど、ありえるわけがない――。

 叶絵の意識を現実に引き戻したのは、たった今自らが否定した、風呂場での排泄行為を行っているという実感だった。

  ジャアアアアアアアアアアッ!!
  プシュィィィィィィィィィィィーーッ!!
 身体の真正面から浴びた流水が、両脚の間へと伝っていく。その中心点から、全く別の音を立てて黄金色の液体が噴射された。

「はぁぁぁ……ぁぁ……っ……」
  シュルルルルルルルルルルーーーーーッ!!
 止まらない。
 わずかな途切れさえ見せず、金色の奔流は足元の排水溝へと一直線に吸い込まれていく。
 あまり水を飲んでいなかったことに加え、長旅の疲れもあって、色は肉眼でわかるほどに真っ黄色だった。いつものように外で排泄していたとしたら、強烈なアンモニア臭を立ち上らせたことだろう。

「ふぅぅ……ぅぅっ……」
  シュルピッ!
  プシュシュッ……プシュルルッ!!
 一本線の奔流が終わり、途切れ途切れの放出に変わる。限界まで……いや、限界を超えるまで我慢していたため、膀胱の奥まで溜まったおしっこを絞り出さないといけないのである。

  シュルル……ピチャッ……。
「……はぁ……っ……」
 終息。
 まだ残尿感が完全には消え去っていないが、とにかく膀胱に力を入れても出てこないのである。
 ともあれ、叶絵は限界だった排泄欲求から解放され、やっと生きた心地を感じていた。

「ねえ、明日どこまわろっか?」
「いっぱいお買い物したいよね〜」
 周りでは、クラスの女子たちの華やかな会話が聞こえてくる。もちろん、そのせいで叶絵の排泄行為が誰にも気づかれずに済んでいるのだが。

(お風呂……入ろう)
 もう一度シャワーを浴びなおして、湯船につかる。
 狭い狭いと聞いていた京都の宿だが、意外に湯船は広く、十数人がゆうに入れる大きさだった。

 それにしても、さっき一瞬見えた光景は何だったのだろう。
 こんな場所で、あんな行為が行われるはずはないのに……。
 叶絵は、一瞬脳裏に浮かんだ光景の意味を、じっと考えつづけていた。


  ガラッ。
 風呂場の入り口が開き、一人の女の子が入ってくる。
 腰まである長い黒髪。
 タオルで隠した胸元には、形の良い柔らかなふくらみ。
 その姿は、劣等感を感じることすら忘れてしまう美しさだった。

(白宮……さん……)
 湯船の中から、その姿を眺める。
 どこをとっても、自分とは比べ物にならない。
 顔立ち、体つき、性格……そして、恥ずかしい秘密……。
 
  キュゥ……ッ……
(え……っ……?)
 不意に、身体の奥に感じた違和感。
 さっき散々に解放した尿意が、再び高まってきていた。
(も、もう……どうして……)
 限界まで我慢したゆえに、一度ではどうしても出し切れなかった黄金水の名残が、その排泄の機会をうかがっていたのだ。
 尿意を感じ始めた以上、叶絵がとるべき行動は一つしかない。
 ……さっきと同じ行動である。

(え……)
 その行為に適した場所を探そうと風呂場を見渡した叶絵だったが、あいにくにも洗い場はその純子の隣しか空いていなかった。
(よりによって……)
 嫌いというわけではないが、なんとなく気まずい。
 3年に上がってからというもの、早坂隆をとられたという思いが消えてくれない。表立って関係が変わったわけではないのに……。

「くっ……」
 しかし、急速に高まってくる尿意はそんな事情を考慮してはくれない。
 叶絵は、やむを得ず純子の隣に腰をおろした。

 シャワーを出しながら、洗面器にためた水を浴びつつ、慎重に尿道を緩める。
 さっきほどの勢いこそないが、十分な量の水流が、叶絵の秘部からほとばしった。

  プシャ……ッ……
「っ…………」
 放尿のかすかな快感と繰り返す羞恥に震えながら、叶絵は視線を真横に移した。

「っ……」
 ……体中を石鹸の泡に包んだ純子が、身体をかがめた上で股の下に手を差し入れ、おしりの周辺を念入りに洗っていた。

(え……?)
 普通なら通り一遍で洗えば済むし、人前でそんなに念入りに洗う必要もないだろう。それをわざわざ……。
 その理由は、そう多くは思い当たらない。叶絵自身の経験から言えば、いちばんありえるのは、おしりが汚れているとき……おもらし、それも大便のおもらしをした時である。

 満足にトイレが使えない叶絵は、我慢強いとはいえいつもいつも耐え切れるわけではない。少しおなかの調子がおかしかったりした場合、限界に達して下着とおしりを汚してしまうことも何度かあった。そんな時は家に帰って後始末をした後、シャワーを浴びて念入りにおしりを洗いまくったものだった。

「白宮さん……?」
 信じられないと思いながらも、わずかに思い浮かべた想像を確かめようと口を開く。
「あ……」
「え……あ、えと……」
 だが、問いただすことなどできるはずもない。
 「白宮さん、もしかしておもらししたの?」などと、直接的に訊けるはずはないのだった。

(そんなはず、ないよね……)
 なんでもない、と、そう会話を打ち切ろうとした時だった。

「ご、ごめんなさい……っ……」
 途切れ途切れの言葉を残し、純子がその場を立ち上がった。
 そのまま、風呂の出口へと向かう。
 シャワーで身体をざっと洗ったのみで、まだ湯船に入ってすらいない。

「え、ちょ、ちょっと……」
 言うが早いか、純子は脱衣場へと駆け出していた。
 叶絵も反射的に立ち上がり、その後を追ってしまう。
 話が打ち切られることを望んでいたはずなのだが、なぜかそれと逆の行動をとってしまう。
(何やってんだろ……あたし……)
 3年に上がってからというもの、ふとしたことで心が乱される。
 その原因は、白宮純子、そして……。

「くっ……」
(なんであいつの顔が出てくるわけ……っ?)
 脳裏に浮かんだ一人の男子の顔を、首をぶんぶんと振ってかき消そうとする。
 ほどけた髪が、まだ乾ききっていない水滴を飛ばす。
 だが、一度浮かんだ映像は、そう簡単には消え散ってくれなかった。


 そのころ……浴室を飛び出した純子は、足踏みをしながらあわてて服をまとっていた。
(どうしよう、また……)
 おなかに感じる不快感。
 再び便意をもよおしてしまったのである。
 一度便意を感じた以上、もう数分と我慢できないことだろう。すぐにでも浴室を飛び出すしかなかった。
 本当ならバスタオルのままでも飛び出したいところではあったが、廊下を男子が歩いているかもしれない状況でそれはできなかった。
 思い通りにならないおしりを必死に締め、我慢しながら制服を身につける。
「くっ……」
 今にも飛び出しそうな便意。
 スカーフを締める余裕もなく、純子は脱衣所の外へと飛び出した。

 トイレは、浴室から廊下を少し進んだところにあった。
 そこに、純子は駆け込む。

 個室を閉め、スカートをまくり、浴室の湯気で火照った肌を外気にさらす。
 次の瞬間……純子の意識に関係なく、排泄は始まっていた。

「ん……っ!!」
  ブリュブチュチュチュブビブチュルッ!!
 やわらかい……と言うより、ほとんど軟便といえる汚物を便器に叩きつける。

「く……うぅ…………」
  ブリュ……ブリュリュリュッ……。
 白い便器に、茶色の汚物が少しずつ積み重なっていく。

(ど、どうしよう……こんなところでおなかをこわしてしまったら……)
 我慢する力が弱い純子にとって、おなかを下すということは即おもらしに直結する。以前おなかを冷やしてしまったときなど、便意を感じたときには茶色の液体を噴出するという有様で、トイレから1分たりとも離れることはできなかったのである。

「くぅ…………」
  ブリュ……ブッ!!

 かすかな空気音を残して、便意が消失する。
 腹痛も思ったほどにはない。
 別におなかを壊したわけではなく、さっき排便しきらなかった残りだったようだ。

「は……ふぅ……」
 排泄の快感。
 おもらしをせず、トイレできちんと排便できることがこれほどに嬉しいなんて。
 純子はささやかな喜びをかみ締めながら、そんなことに喜びを感じる自分を情けなく思っていた。


「白宮さん……?」
 そうつぶやいて、脱衣所から飛び出した叶絵。
「わわっ!?」
 直後、男子の驚きの声が目の前からあがる。
「えっ!?」
 目の前に人影。
 避けきれない。

  ドンッ!!


「あたた……え……」
「あ……」
 叶絵が床にぶつけたおしりをさすりながら目を開けると、そこにあった顔は……。
 さっきまで消そうとしても消えてくれなかった、早坂隆の顔だった。

「た、隆君……どうしたの……?」
「え……?」
 隆はきょとんとしている。自分と話しているときには、なかなか見せたことのない表情だ。

「隆君?」
「あ……香月……なのか?」
「は?」
 隆の呆けた態度。
 ぶつかったことに驚いたのではなく、ぶつかった女子が誰だかわからなかったから……ということらしい。

「あ……」
 そういえば、同じ制服を着てはいるが、いつもと違うところが一つ。
 いつも頭の後ろで束ねている髪を、今は髪を洗う都合もあって下ろしているのだ。
 その上、風呂上りで顔はほのかな赤みを帯びている。
 いつもと違い、そこに「女の子」としての魅力を感じてもおかしくない姿であった。

「ど……どしたの、ボーっとしちゃって?」
「あ……あ、ああ、ごめん」
 叶絵の言葉を聞いて我に返る隆。

「隆君もお風呂?」
 いつもと同じ口調で、隆に問い掛ける。
「あ、ああ……」
「まさか、女湯をのぞこうとしてたんじゃないでしょうね〜?」
「ああ……い、いや、違うって!!」
「あやしーなー……」
「た、ただ、風呂に入りにきただけだって!!」
「ふーん……」
「信じろよっ!!」
「……ま、隆君にそんな甲斐性はないってわかってるけどねー」
「な……まったく……」

 いつも通りの軽口。
 その会話のリズムが、高鳴っていた胸の鼓動を静めてくれる。
(……別に、今までどおりじゃない)
 そう、思えるようになった。

「あ、そうだ……白宮さん、見なかった?」
「っ!?」
 突然驚く隆。
「……どしたの?」
「い、いや、なんでもない……」
「白宮さん、どこ行ったの?」
「い、いや……あ……廊下の向こうから、後ろ姿が見えただけだから、あっちに行ったのはわかるけど……」
「そう……あ、ちょっと忘れ物したから戻るね」
「あ、ああ……」
「のぞいたら鉄拳制裁だからね」
「だ、誰がそんなことっ!!」
「……冗談だよ。じゃね」

 そう言って、叶絵は脱衣所の中へと戻っていった。


 それを見送る隆の脳裏には、わずか数分の光景がめまぐるしく浮かび、消えていっていた。
 慌てて風呂場から飛び出してきた純子の姿。
 曲がり角まで来て見えた、トイレに駆け込む純子の後ろ姿。
 間近で見た、普段と違う雰囲気の叶絵の表情、髪型。

 どれも思いもしなかった姿だった。
 白宮さんがトイレに……というのも考えられなかったし、それ以上に、叶絵の髪を下ろした姿があまりにも意外だった。
 女の子と意識したことすらなかった叶絵が……。白宮さんのトイレ、という衝撃的な出来事を打ち消すほどの印象で、新しい姿を自分の前に見せた。

 しっとりと水を含んだ、流れるような髪。
 赤みの差した表情。
 間近で見たゆえに映った、制服の下の身体のライン。

(あいつ……こんなに……)
 かわいかったっけ……?
 その言葉を思い浮かべようとして、振り払った。

 叶絵は、性別も何も意識しない友達。
 それでいいはずだ。
 もう一度、自分に言い聞かせる。

(香月は…………)
「早坂!!」
「え……?」
 これも聞き慣れた声。
 女子の親友が叶絵なら、この男が男子の親友。
 弓塚江介だった。

「ん……どーした、顔が赤いぞ?」
「え……っ?」
 思わず顔に手を当てる。
「……まさか、そこの女湯をのぞこうとしていたとか……?」
「は……?」
「そうかそうか……おまえも男のロマンがわかるようになったかー……」
「ち、ちがうって言ってるだろっ!!」
「隠すな隠すな。みんな一度は通る道さ」
「だからっ!!」
「白宮さんの入浴シーン、見たくないのか?」
「!!」

 白宮さんの。
 入浴シーン。
 裸。

「くっ……」
 一瞬で顔が真っ赤になる。
「若いねぇ……」
 にやりと笑みを浮かべる江介。
「あ、あのなぁ……」
 浮かんでしまった想像を振り払いながら、隆は向き直る。
「……何も用がないなら、行くぞ」

「悪い悪い。淡倉を見てないか……?」
 突然真剣な顔つきになって、隆に問い掛ける。
「美典を……? いや、見てないけど……」
「そうか……」
「……何かあったのか?」
「いや、実はな……」

「あー、弓塚君!」
「何してるのこんなとこで!!」
「まさか、私たちのことのぞくつもりだったんじゃ……」
「な……」
 風呂から上がって、脱衣所から出てきた3-2の女子たち。近くにいた江介の姿を見て、その姿を指差して悲鳴をあげる。
「きゃーっ!!」
「変態っ!!」
「な、なんでおれだけーーっ!?」
 呆然とする隆を尻目に、江介と女子たちの追いかけっこが開始された。



(美典が……どうしたんだ?)
 江介の言葉に、不安を覚えた隆。
 担任に話を聞きに行ったが……そこで聞いたのは、驚くべき事実だった。

「行方不明!?」
「しー、静かに……」
 隆が上げた大声に、隆たちの担任である高野先生がオーバーアクションでそれをなだめる。
「それ、どういうことなんですか!! 班行動なんじゃ……?」
「途中で、後から行くからって言って別れたらしいの……それきり、姿が見えなくなって……」
「別れた場所は! どの辺ですかっ?」
「ちょ、ちょっと待ってね……一緒の班だった子達を連れてくるから……」


(行方不明……って……)
 隆は呆然としながら、その言葉の意味をかみ締めていた。

 美典は京都で自由行動をするグループに入っていた。
 彼女のクラスの数人と一緒に二条城などを回り、宿に帰る前に近くの新京極通で買い物をしていたという。新京極通は三条通から四条通までを南北に走るアーケードで、隣の寺町通も含んで「新京極」と呼ばれることが多い、京都一の繁華街である。もちろん修学旅行生のメッカでもある。
 そこでいろいろな店を回るべく、1時間後にアーケードの北口に集合、と言って別れた後、30分くらいしてから同じグループの一人が美典を見かけたという。見かけた場所は、新京極のちょうど中央、噴水広場である。
 そこで、クラスメートが近くのゲームセンターに寄って写真を撮っていこうと誘ったが美典は断り、南の方へ去っていってしまったという。それ以来、彼女が目撃されたという証言はない。

「……って、誰も探さなかったんですかっ!?」
「……探したそうよ。集合時間になっても来ないから、北から南まで2回くらい回って。それでも見つからなくて、宿に帰る時間も過ぎてしまったから、報告に戻ってきてくれたのよ。今は、手の空いてる先生たちが探しに行っているわ」
「……警察には?」
「まだ、連絡はしていないわ……事件と決まったわけではないし……でも、そうね……日が完全に落ちるまでに戻ってこなかったら、それしか方法はないでしょうね」

 事件。
 都会だけに、どんなことが起こるかわからない。人口も少ないけど平和な桜ヶ丘と違って、人が多ければそれだけ、潜む闇も数多くなるものだ。
 仮にただの迷子だったとしても、それはそれで問題だ。交番に行って道を聞いていればいいが……ただ、それならもっと早くに居場所がわかっているはずだ。今になっても、連絡一つないということは……。

 不安だけが、どんどん膨らんでいく。
 それを断ち切る方法は、たった一つしかない。

「……先生……美典を探しに行ってもいいですか?」
 隆は、迷わずにそう切り出した。
「……本当なら、生徒に行かせるわけにはいかないんだけど……止めても、行こうとするわよね?」
「はい」
「……わかりました。ただし、今から約1時間後……20時までには、宿に戻ってくること。それから、もし淡倉さんを見つけても、何かの事件に巻き込まれていた場合、決して一人で手を出さず、先生に連絡すること。この番号に電話しなさい」
「……はい」
 震える手で、携帯電話の番号が書かれた紙切れを受け取る。

「よし……」
 あとは……部屋に戻って最低限の荷物をとってこないと……。

「はい、これ」
「え……?」
 振り向いた先には、髪を結んだ叶絵の姿。横に、純子と江介が立っている。
「地図と方位磁石。隆君が迷子になったらいけないでしょ?」
「それと、最低限の補給物資だ」
 そう言って、叶絵と江介が隆にわずかな荷物を手渡す。
「おまえら……」
「早坂くん……私も一緒に探させて。淡倉さんのこと……心配で……」
「白宮さん……いや、やっぱり、危ないから……」
「それを言うなら早坂くんだって……」
 一歩、前に出る純子。それを隆は、目を伏せることで制する。
「大丈夫、見つけたらすぐに連絡するし。それに……やっぱり、俺が行かなくちゃいけないと思うんだ」
「え……」

(幼なじみ……だからな……)
 そう思った。
 でも、今はそう口に出す資格はないとも思った。
 自分がついていれば、こんなことにはならなかったのに……。
 自責の念に飲み込まれそうになりながらも、隆はきっと顔を上げた。

「……じゃあ……行ってきます!」

 そう言って、隆は夕暮れの都小路へ飛び出していく。
 見送る3人の影は、隆の姿が見えなくなっても、その場を離れなかった……。



(……とにかく、最後に目撃された場所へ行ってみるしかないか……)
 時計は19時少し前。悠長に探している余裕はない。
 自転車と車が行き交う細道を駆け抜けて、隆は噴水広場の前にたどり着いた。

「早坂!?」
「……大迫先生!!」
 噴水広場の前を歩いていた先生と目が合う。学年主任の、壮年の男性教諭だ。
「なんでこんな時間に出歩いている!!」
「美典を……4組の淡倉さんを探しにきたんです!!」
「なに……?」
「先生の許可はとってあります……何か、新しい情報はありませんかっ!?」
「情報と言っても……手分けして店を一軒一軒回って聞き込みをしてはいるが……」
 修学旅行シーズンだけあって、どの店の店員も、美典一人の顔まで覚えてはいない。

「……これが、目撃証言をもらえた店の場所、そしてその時間だ」
「…………」
 目を通す。
 最終目撃時刻は17時40分ごろ。中心部にほど近いゲームセンターの中で目撃されている。それ以前には、20分ほど前に南側のコンビニ、その前は土産物屋系でちらほらと目撃証言がある。

(土産物屋はわかるが……ゲームセンター?)
 美典がゲームセンターで遊ぶのが好きなどという話は聞いたことがない。機械には弱いからビデオゲームなどはやらないはずだ。友達と写真シール機で記念写真……ということならあるかもしれないが、そのとき美典は一人だったはず……。

(……とにかく、そこへ行ってみよう)
 ゲームセンターへ行く。そこに何があるか、そして美典は何をしに行ったのか。
 それがわかれば、足取りがつかめるかもしれない。

「ありがとうございました。南の方に行ってみます!」
「時間になったら戻るんだぞ!」
「はい!!」
 隆はそう、振り向くことなく叫び、人波の中に消えた。


(くっ……人が多い……)
 夜7時という時間なのに、食料品店でもない商店街で、どうして人がこうも多いのか。
 桜ヶ丘商店街の人ごみピーク時より、さらに多い通行量だ。
 隆はその間を縫うように駆けた。
 見慣れた制服、そして、それよりも長い間見慣れた幼なじみの顔を探しながら。

「はぁ……はぁ……」
 ゲームセンターの前。
 そこには、写真シールの機械がいくつも並んでいた。
 そして、入り口にでかでかと書かれた文字。
『女性・カップル限定プリクラ専門店』

(はぁ……? なんで、こんなとこに……?)
 意味がわからなかった。
 美典が、こんなところに一人で来るだろうか?

 ……しかし、調べなければ始まらない。
 今は緊急事態だ。男性立ち入り禁止とあっても、踏み込まなければいけないだろう。

「すみません、こんな子、来ませんでしたか……?」
 ほとんどが自動の機械のため、店員は少ない。カウンターの奥で暇そうにしていた店員を捕まえて、隆は訊いた。
「んー、さっきも聞かれたなー……一人でふらふらしてたから覚えてるだけなんだけど、ちらっと見ただけなんだよね……」
「どのあたりで、何をしてたんですか?」
「って、ただ歩いてただけだよ。店のこの辺で……奥の方に歩いてったと思うけど……それ以降は、店から出るとこまでは見てないな……」

(この奥……)
 とはいっても、特に変わったものがあるわけではない。
 写真機が並んでいて、両替機とトイレがあるくらいだ。
 いずれにしても、用はすぐ済むだろう。

「それ以降は……見てないんですよね」
「見てないね……」
「そうですか……あ……」
「?」
 ふと、思いついたことがある。
「その……トイレの中、って調べてもらえますか?」
「はぁ?」
「い、いや……もしかしたら……と思って……」
「どうしても……?」
「はい……少しでも可能性があるところは……」
「仕方ないなぁ……すみません、清掃に入ってもよろしいでしょうか……?」

  ガチャ。
 店員が女子トイレのドアを開け、中に入る。

 一瞬頭に浮かんだ映像。
 それは……トイレに駆け込む美典の姿だった。
(まさかとは思うけど……)
 続いて浮かぶ姿。
 汗をいっぱいに浮かべて、個室に駆け込んだ美典。
 制服のスカートをめくり、うっすらと汚れた下着を下ろす。
 便器にまたがった彼女のおしりから、滝のような茶色い水流が……。

(……って、何を考えてるんだ、俺はっ!?)
 ぶんぶんと首を振って、頭に浮かんだ映像を振り払う。
「……見てきたよ?」
「あ……ど、どうでした?」
「まあ、誰もいなかったね……」
「そうですか……」
 落胆。
 当たり前の考えをすれば、2時間近くもトイレにこもっているはずがないのだ。
 具合が悪いときのひかりならまだしも、美典がそんなひどくおなかをこわした記憶はない。
 
「すみません、失礼しました……」
 最大の手がかりが、糸の終端となって消えた。
 隆は重い足取りで、ゲームセンターを出た。


(あとは……コンビニか……)
 指示されたコンビニは、目に見える範囲にあった。
 その場所へ急ぐ。

「すみません……」
 美典の服装、人相を説明する。

「ああ、その子でしたら……」
 店員の説明。
 なんの気なしにしたであろう説明。

 だが……それを聞いた瞬間、隆の頭の中で途切れた糸がつながった。
「……えっ!?」
「間違いないです。トイレを借りに来たんですけど……その時、ちょうど別のお客さんが使ってて……待たずにすぐ出て行ってしまったんです」
「そ、そうですか……」

(美典が……トイレを探してた……?)
(もしかしたら、さっきのとこでも……)
(しかも、使ってた人が出るまで待ってなかったってことは……相当我慢して……?)

 頭の中で、美典が必死にトイレを探す映像が像を結ぶ。

 その像がくっきりと浮かび上がった瞬間、こことは違う背景が脳裏に広がった。


(そうだ……あの時も、美典を探して……)


 手繰っていた記憶の糸が、はるか遠いところでかすかな光につながった。



 小学校に上がって間もないころだった。
 まだ野球を始めていなかった隆は、放課後になると桜ヶ丘の頂上近くの公園で、美典と一緒に遊んでいた。今となっては悔やまれることだが、その頃からわずかにひかりを避ける意識があったのかもしれない。

 夏の暑い日のこと。隆、美典にクラスの友達数人を加えて、公園でかくれんぼをしていた。
 何度か鬼が交代した後、美典が鬼の役になった。
 なぜか、美典が鬼になるといつも、隆は真っ先に見つけられてしまう。
 子供心にそれが悔しかった隆は、公園中央の池からできるだけ離れた木立の中に隠れた。木立と言ってもほとんど森で、目印をつけなければ同じ場所に行くのは難しい。そんな場所である。隆は絶対見つからない自信を一杯にし、悠々と昼寝をする準備を始めた。

 しかし。

「たかちゃぁ〜ん……」
「げっ!?」

 そのまどろみは、当の美典の声で打ち砕かれた。
 木の陰からそっとのぞくと、まっすぐに自分の隠れているところへ美典が向かってくる。

「たかちゃーん、出てきてよー……」
(やばい、みつかる……?)
 危機感を感じた隆は、木の陰に隠れて息を潜めた。

「たかちゃーん……」
「たかちゃ……ん……」
「……………………」

「行った……か……」
 美典の声が聞こえなくなった。
 そっと顔を出すと、近くに美典の姿はない。
 ほっと息をつく。
 まさか、一直線にこっちに向かってくるなんて……。
(あいつって……もしかしてエスパーか……?)
 そんな疑問を感じながら、再び一休みの準備をする。

 だが……10分としないうちに……。
「たかちゃーん……たかちゃんっ……」
「わわっ!?」
 再び追跡の声。
 隆は慌てて隠れる。

 それが消え……また数分後に声が聞こえ……。
 そんなことを数回繰り返した後、声が聞こえなくなった。


(……おかしいなぁ……)
 結構な時間が経っても、探す声一つ聞こえてこない。
 もう数十分以上、じっとしたままだ。
 日も大分西に傾いて赤くなっている。

(もしかして……みのり……かえったのかな……?)
 そう思って、隠れていた場所から中央の池に戻ってみる。
 すると、一緒に遊んでいた友達も集まっていた。
「ぜんぜん探しに来ないんだよー」
「もういいよ、帰ろうぜー」
「…………」
 隆も、それにはうなずくしかなかった。

 公園から家までは、小学生の脚では30分弱の時間がかかる。
 それだけの時間をかけて、家に帰った瞬間……電話が鳴った。

「隆……出てちょうだい、ちょっと今、手が離せないの……」
 母の部屋から声……続いて、壁越しでくぐもった破裂音。
 ひかりがおまるに下痢便を叩きつける音……その音に背を向けるように、隆は受話器を取った。
「はい、はやさかです……」
「もしもし、淡倉ですが……たかちゃん?」

 美典の母の声。
 次の言葉を聞いた瞬間、隆は今来た道を駆け戻っていた。

「……美典がまだ帰ってこないの――」



「はぁ……はぁ……」
 太陽はその半分を山陰に沈めていた。
 夕日に赤く染まった池。
 隆は、生まれてから3番目に多く聞いたその名前を叫びながら、人のいない公園の中を駆け回った。

「みのりー!! みのり、出てこーい!!」

 池の周り。
 展望台。
 近くの神社。
 隠れていた森の中。

 隆は、美典……きょうだいではない……友達というのも違う……横にいるのが当たり前の存在、その姿を求めて、闇の迫る公園を探し回った。

「みのり……なんでいないんだよっ……」
 息が上がり、脚が棒になり、夕凪を受けてなお汗がにじむようになり……隆はついに膝をついた。
 探している途中で美典の母に出会い、帰りなさいといわれたが、かまわず探しつづけた。

 それでも……美典の姿は見つからなかった。
 隆が最後にたどり着いた場所は、池のほとり。
 小さなあずまやがあり、古びたトイレがある、公園の一応の中心。
 かくれんぼを始めるとき、終わるとき、いつもここに集まっていた。

 その場所に、美典はいない。

「くっ……」
 涙が出そうになって、慌てて目じりをぬぐう。
 泣いちゃいけない。
 きっと美典のほうが、もっと泣きたい気持ちでいるんだから。

「ぐすっ……」
「くっ……」
 聞こえてくる嗚咽。
 隆は、自分で自分の頭をたたいて気を引き締めようとした。

「ぐすん……ひっく……」
「え……っ……」
 かすかな声。
 自分ではない誰かが、声を発している。
 すすり泣く声。でも、その主を間違えるはずがない。
 隆は、声がかれるまで叫んだ名前をもう一度口にして、その声の下へと走った。

「みのり…っ!!」


「たか……ちゃん…………ごめんなさい……」
 美典の姿は、あまりにも無残だった。
 上半身、下半身ともに覆うものは何もない。裸体というにはあまりに幼いその柔らかな身体をすべてありのままにさらしている。近くには、ぐちゃぐちゃに汚れた服が脱ぎ捨てられ、その下半身には、拭き取りきれなかった汚れが所々に残っている。

 とはいえ、別に美典が誰かにいたずらをされたわけではない。
 それは、今の美典の姿を見ればわかる。
 その小さな身体の中心から、猛烈な臭いを放つ茶色い液体が流れ落ちているのだから。
 美典の身体に残る汚れ、そして服に付着した汚れは、すべて彼女の身体から出されたものだったのだ……。

 美典がいた場所は、トイレの個室の中。
 汲み取り式の和式便所……いや、和式というよりは、床に穴が空いているだけだ。その床一面に、美典が出した下痢便が広がっていた。
 下着とキュロットは、もらした下痢便でぐちゃぐちゃ。唯一無事だった半袖のシャツも、肌についた汚れを拭くために使ってしまったということである。

 美典には、隆の隠れた場所はわかっていたらしい。
 だが、そこにたどり着くまでの間に、急におなかが痛くなって、トイレに駆け込もうとした。だが、個室の一つは故障中で、もう一つは誰かが入っていた。
 仕方なく、トイレを探しに行こうと隆に言いに行こうとしたが、また便意が限界に来てトイレに駆け戻る羽目になる。そして、個室が空いて中に入った瞬間、溜まりに溜まっていた下痢便をすべて、服を着たままもらしてしまったというのだ。

「や、やぁ……っ……」
  ビチビチビチビチビチビチビビビビビッ!!
  ブブリュブリブブブッ!! ブボボボボボボボッ!!
  ビチブリリリブリュビジュブリュビブブブブブボッ!!
  ブビブピピピブビュジュルルルルッ!! ブジュビジャァァァッ!!

 ……とても、小学1年生の女の子が出したものとは思えない大量の汚物。未消化物混じりの液状便が放つ、おぞましい臭いと冷たい異物感に包まれ、美典はただ放心するしかなかった。
 やがて、肌に付いた下痢便が放つ刺激が、かゆみを放ち始める。耐えられなくなった美典は汚れきったキュロットとパンツを脱いだが、いずれも完全に下痢便に染まっていて使い物にならない。
 汚い汲み取り式の公衆便所にトイレットペーパーなどという気のきいたものはなく、肌がかぶれるのを防ぐには、着ていたシャツを脱いで、拭くのに使うしかなかった。

 そして……それから1時間以上。
 裸のまま外に出るわけにもいかず、かといって助けは来ない。
 だんだん気温が下がってきて、再び便意をもよおし、泣きながら便器にしゃがんで再度排便を始めたところを、閉め忘れていたドアを隆が開けたのである。

「たかちゃん………………ぐすっ……」
 美典が、声にならない声を上げる。
  ブリブビビビビビブッ!! ブッブリュルルルッ!!

「みのり……」
 泣きながら下痢便を垂れ流す美典の手を、隆はそっと握った。

「たか……ちゃん……」
 ぬくもり。
 その心が伝わったのか、美典の嗚咽はすぐに止まった。

 ……排泄が終わったのは、それから10分後。

 隆は、少しだけ大きいシャツを美典に着せて、トイレから出た。
 家に帰って、二人一緒の風呂に入る。
 汚れた身体を、二人がかりで洗った。
 その日だけは、夜中にトイレに起きるひかりの泣き声を不快に感じることはなかった……。



(美典……)
 もう一度、その名前を思い浮かべる。
 景色は、桜ヶ丘の公園ではなかった。
 コンビニエンスストアの中。
 修学旅行先の京都。
 そして……。
(美典は……美典の居場所はっ……)

「あ、あの……お客様……?」
「ありがとうございましたっ!!」

 そう叫んでコンビニを飛び出した。
 地図を広げる。
 この近くで、トイレが借りられそうな場所……。
 ゲームセンターにはいなかった。
 後は土産物屋ばかり……ファストフードなどならすぐわかるだろうし……。
「っ!!」
 記号が目に入った。
 赤と青の、人を模した形。

 その記号が示す建物は、目と鼻の先にあった。



「はい、高野です……早坂君?」
「はい。えと……すみません、香月、そこにいますか?」
「ええ……淡倉さん、見つかったの?」
「はい」
「無事なの!?」
「ええ。それは大丈夫です。ただ、後は俺一人じゃちょっと……」
「わ、わかったわ……香月さん、はい」
 ドタバタと電話の向こうで音がして、聞きなれた声が聞こえる。
「隆君?」
「ああ。居場所はわかった。ただ……そこ、俺じゃ入れないんで、香月に来てほしいんだ」
「え? どういうこと!?」
「来ればわかる。おまえが一番適任だし、頼みやすい」
「よ、よくわからないけど……あたしが行けばいいの?」
「頼む。あ、それと……」
「なに?」
「制服の着替えって、用意できるか……?」
「は!?」
「いや、だから、予備に持ってきてるとか……」
「あたしはさすがに……待って、先生に聞いてみるから」
「ま、待てっ!! できたら、先生には内緒がいい」
「え……? そんなの無理だって……えっ?」
 受話器の向こうで、ざわざわと音が聞こえる。
「……あ、隆君……? 大丈夫、用意できるって」
「そ、そうか……じゃ、頼む。えっと……噴水広場、わかるか?」
「う、うん……」
「じゃ……あ、そっか……一人じゃ危ないから……江介にでもついてきてもらえ」
「え……う、うん……わかった……」
 一方的とも言える、隆の連絡。


「え……?」
 叶絵を案内したのは、新京極の中ほどにある公衆トイレ。
 その女子トイレの入口だった。
「この中……?」
「ああ。返事はあったけど、さすがに中に入るわけにいかないだろ……? 人通りもあるしさ……」
 少し顔を赤くした隆の表情を見て、叶絵は事情を理解する。
「まったく……それなら早く言えばいいのに……」
「こんなこと先生に言ったって、俺にも美典にもいい事なんかないだろ……」
「それもそっか。じゃあ……ほら、来て」
「へっ!?」
 叶絵が、がしっと隆の手をつかみ、女子トイレの中へ連れて行こうとする。
「ちょ、ちょっと待て、それができないから……」
「いいから。顔の一つくらい見せてあげなさい」
「おい、こらっ!!」
「……いいコンビだねぇ……」
 引きずられていく隆を見送りながら、江介はそっと目を閉じた。

「淡倉さん? 着替え、持って来たよ?」
「あ……ごめんなさい、今開けるね……」
  ガチャッ。
「えっ!?」
 ドアを開けたその向こうには……下半身裸の美典が立っていた。
「たかちゃん……?」
「ハ、バカ、隠せよっ!!」
「あ……ご、ごめんね……」
 そう言って、扉の後ろに隠れる。
 その瞬間、個室の奥に置かれた衣服が目に入った。おそらく便器の水で洗ったのだろう、茶色のまだら模様が残ったショーツと、所々に染みが残ったスカート。
「これ、着替え……はい」
 隆から見えないように……ただし、個室の中に足を踏み入れないように、叶絵が手を伸ばして着替えを渡す。
「これ……制服……どうして……?」
「その……帰ったとき、服が違ったら何かあったってわかっちゃうでしょ? だから」
「でも……叶絵ちゃんの?」
「ううん、あたしじゃなくて……白宮さんが……」
 最後の方は小声で持ち主の名をつぶやく。
(そっか……白宮さんが……)
 隆はそれを耳にして、やっと合点が行った。
 ただ、同時にもう一つの疑問が浮かび上がる。
 何で、わざわざ制服の替えまで……。
「ありがとう……叶絵ちゃん……純子ちゃんも……」
「何言ってんの。お礼だったら、見つけてくれた隆君に、でしょ?」
「うん……ありがとう……たかちゃん」
「気にしなくていいって……このくらいのこと」
「あの……ごめんね…………あの時と違って……服は洗えたから、がんばれば出られたんだけど…………」

(……美典も……覚えてたのか……)
 小学生のときの記憶。
 自分は、思い出すまでに相当の時間がかかった。
 でも美典は……こんなつらい状態でも……そのことを覚えて……。

「だけど……その……おなかが……治らなくって……」
「!?」
 その後に続いた衝撃の告白。
 おなかが治らない……ということは、1時間近くもこのトイレにこもって……。
 その間、形を保っていない下痢便を何度も何度も……?

「うぅ……ん……」
  ブリリリリリブリュビチチチチッ!!
  ブジュルビブブビュルルルルルルルッ!!
 汚れたスカートとパンツをずらしただけの状態で、残った下痢便を噴射する美典。

「くふぅっ………んっ……」
  ブッ……プスブッ……ブチュッ……ピブッ……
  ブビブリリッ……ブポッ……ブススッ……プスススッ……
 全く引かない腹痛と戦いながら、必死に残った便を出そうとし、腸液とガスの混合物をおしりからはじけさせる美典。

「はぁっ……あぁぁぁっ……」
  ブブブブブブビッ!! ブピブビュルビチチチチチッ!!
  ジュルブリブリブリビチッ!! ビジュブリュビィィィィッ!!
  ビチビチビチビチビチビビビビッ!! ブリブビビビビビビビィィッ!!
 腹痛に耐えてトイレを出ようとするも、ぶり返した便意に個室に逆戻りし、最初の放出以上の勢いで下痢便を撒き散らす美典。

(……って、なんでこんな姿が勝手にっ……)
 そういう姿を、思い浮かべたことがないとは言わない。
 だが、今の映像は、圧倒的な存在感、具体感を伴っていた。
 すでに薄れたはずの臭い、もう聞こえないはずの音まで。そして、幼い頃ちらっとしか見たことのない、美典のおしりの穴の周りまで、くっきりと……。

「お、俺、外に出てるからっ!!」
 隆は、目を覆ったままそう叫んで外に飛び出す。

「どうした早坂君。何かおいしいイベントでも発生したかね?」
 ……外では、ニヤニヤした江介が待ち構えていた。

「う……うるさいっ!!」



「早坂くん……淡倉さんっ!!」
 宿に連絡が入ってから30分後。
 出迎えた純子の目の前に、4つの人影が現れた。

 顔にかすかに赤みがさした隆が。
 仕方ないなという表情の叶絵と、含み笑いを浮かべた江介を連れて。
 弱々しい笑みをたたえる美典を背負って、宿の門をくぐった。

「ホテル京都」……いずれ、もう一度思い出すことになる表札の門を。



あとがき

 長々長々とお待たせして申し訳ありません。
 実は、修学旅行編この一話で終わるはずだったんですが……甘く見すぎてました。
 今回は物語の展開を考えるのにも苦労し、そのせいで手間取ってしまいました。
 一気に書き上げられたのは回想シーン以降だけです(笑)
 やはり感動的なシーンとか排泄シーン(笑)は気分が乗って筆も進むのですが、それ以外のところで時間を食いすぎですね。

 で、今回一応の主役としてある美典(セリフなどはあまりないですが)ですが、基本的に幼なじみの代名詞とも言えるTo Heartの神岸あかりをモデルにしています。かくれんぼの話などもそこから使わせていただきました。
 普通ならこれはパクリだろうと言われかねないところですが、幼なじみの必殺兵器である回想シーンについて「回想シーンはすべて排泄シーン」という限定(笑)をかけることにより、十分なオリジナリティが確保できるという判断のもとにこんなキャラ設定にしました。彼女がメインの回にはもれなく排泄回想シーンがついてきますので、一粒で二度おいしい幼なじみをご堪能ください。……その割に身体的・精神的排泄設定はないんですけど。

 ちなみに、過去の記憶を出すんだから、せっかくだから未来のイメージも出そうと、謎の幻影を見せてしまいました。すでに自分の過去の遺産に頼っているのは情けないですが、せっかくなので使わせてもらいました。いずれ機会があれば、あの話もしっかり書き直したいところですね。


 さて、キャラ紹介編もラスト2話です。修学旅行先の京都から視点を移して、そのころ桜ヶ丘では……と参りましょう。次回は、密かに大人気(?)のボクっ子、紀野里瑞奈ちゃんが主人公です。

 1・2年生だけが残された桜ヶ丘中学。
 上級生の不在に羽を伸ばす者もいれば、ぽっかりと心に空いた穴を埋められずにいる者もいる。
 ある者は兄を、ある者は憧れの人を、そしてある者は、尊敬……いや、崇拝する先輩を。
 それぞれの大切な人の帰りを待つ日々。
 だが、止まった心とは裏腹に、刻まれる時はその流れを止めない。
 夜空の月が真円を描く時、少女の身体を鼓動が駆ける。
 それは生命の脈動であり、同時に崩壊へのカウントダウンでもある。

 つぼみたちの輝き Story.11「漆黒の満月」。
 心と身体を締め付けられながら、紀野里瑞奈は走り続ける。
 その先にある、かすかな希望を信じて――。


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